いたいけな彼女(ZERO)

項目シナリオシステム音楽総合
ポイント5−5−3+4+9−
シナリオ:非公開
原画:非公開
音声:一部
主題歌:有(オープニング:『向日葵』/エンディング:『ひだりてみぎて』)

<シナリオ>
 ゲームに負けた主人公は、クラスの女子から苛められている女の子、七瀬ほのかに告白し、一週間だけ付き合って「これは冗談だった」というのを明かすという罰ゲームをやらされることに。すぐに海外へ引っ越すことになっていた主人公は別になんでもないことだとそれを引き受け、「恋人」としてほのかと付き合うことになるが……。
 というような物語です。まあ、とは云っても実際のところはそんなに複雑なギミックがあるわけではありません。アダルト系の物語だったら割とまああるんじゃないんですか、というような話です。実際、ここでも以前、同じようなストーリーが展開される『ゴメンなさい……アタシのせいで』という作品を紹介したことがありますし、そういう視点からしても特別に目新しいあれがあるわけではないです。
 さらに云えば、実際に「攻略」できる女の子はそのヒロインであるところのほのか一人しかいません。こうなるとなんだかお手軽にエッチを楽しむだけの小粒な作品ということになってしまうのですが、それだけではないのですよ。
 まずはキャラクターの魅力。なにはともあれ、この作品の真骨頂はここでしょう。
 これは文章のテンポと実は密接な関係にあって、それぞれのキャラクターが実に地で個性を発揮しているので、まずそのせりふを喋っているのが誰なのかというのをいちいちト書きを見なくても感覚的に理解することができます。
 これはテンポをつかむ上で重要なことで、いちいち「これはあのキャラクターの台詞か」というようなことを頭の中で考えさせてしまうと、その考えそのものが物語世界では余計な雑音になってしまいます。
 とにかくこのシナリオライターさん(非公開なので、一人なのか複数なのかはわかりませんが)は、徹底的なまでにキャラクター一人一人の書き方が巧いのです。
 まずヒロインのほのかについては、「いじめられていてドジな女の子」というのをしぐさや台詞などで見事に表現してしまっています。
 これは云ってしまえば簡単なことですが、実際のところそんなに簡単にできるようなことではありえません。ただの、まああえて嫌いない言葉を使いますがいわゆる「萌える」しぐさを連発させるだけではダメなのです。
 ほのかの「……なの」「へーきっ」という口癖であるとか、アクセサリーショップやハンバーガーショップでの行動であるとか、すべてがそういう設定の上にきっちり考えられて置かれています。
 そういう意味では、ほのかのようなタイプの女の子という……まあ、口さがない云い方をすれば、アダルトゲームなんかの世界では一種定番になっているような天然系苛められキャラが好きな人なら、このほのかという女の子はその最高峰に位置するのではないでしょうか。
 そしてそれ以外の、つまりまわりをとりまく苛めている連中ですね。具体的には体育教師と女子二人、あとは不良少年の悪友の四人なんですが、彼らはとにかく憎らしく憎らしく書かれます。
 彼らが嫌いになるほどほのかが愛しくなってきて、ほのかが愛しくなってくればくるほど彼らが嫌いになってくる。「最後はいいやつでした」というようなものではなく、悪役をとにかく憎らしく書くというのは物語ではとても大切なことです。
 これもまた結局、ベクトルは逆だとは云え、シナリオライターが「キャラクターの魅力」の書き方を心得ているということの現れなのでしょう。岩田君だけはちょっと可哀相だなと思いますけど。
 そして主人公。ちょっとヒネたところがあって他人に心を開かない……というタイプの、これまたアダルトゲームの世界では一種スタンダードになってしまったタイプの主人公なんですが、この主人公の書き方がまた絶妙です。
 こういう作品だとどうしてもいきなりやさぐれていた主人公がいいやつになってしまったりしてなんだそりゃみたいなことになってしまいがちですが、しかしこの作品の場合それがありません。ちゃんと徐々に心を開いていく様子というのがきっちり描写されているため、主人公の心情に軋みが発生しないのです。
 無論、この主人公に感情移入できるかと云えばこれは難しいでしょう。そういう意味からすればこれは主人公を一個のキャラクターとして捕らえる劇場型の主人公なのですが、そんなに長いわけではないシナリオ展開の中で実に無理なく心情が動いています。
 だからと云って徹底的にスカしたキャラクターなのかというとほのかの涙に戸惑ったり、写真部のオタク部長に面食らったりと人間らしい一面を見せてくれるので、なんだかどうも好きになれないなあというようなあれはおそらくそんなには感じないと思います。
 この作品でわたしが凄いと思うのは、このキャラクターたちです。
 本来作り物であるはずのキャラクターたちがみんなそれぞれの個性を持って動いている感覚ですね。だから物語にどんどん引き込まれていく感じ。
 次にほのかがどんなことになってしまうのか、そのほのかを主人公はどうするのか、いやそもそも嫌なことをしていた奴等をなんとかしてぶっちめてやりたいとか、そういう思いだけで次が気になってついつい先に進めてしまいます。
 シナリオといえば感動する物語だけが評価されてしまいがちですが、こういうのもきっと「シナリオ」の中で本当なら評価されなければならないんじゃないのかな、と思うのですよ。
 ただセックスをするだけのアダルトゲームでも、その相手の女の子に魅力がなければどうにもならないわけですから。それならば別にゲームではなくて、一枚絵のCGで十分です。
 さらに、そうかといって物語そのものがからっぽなのかというと、これがそうでもありません。
 ところどころに笑わせてくれるような……と云っても安易なパロディ系のギャグではなく、展開で笑わせてくれるエピソードが盛り込まれていたり、そうかと思うとシリアスなシーンが入ってきて引き締めてくれたりとちゃんとほどよいバランスでストーリーの起伏はりますし、広げた前フリに対してのまとめはきっちりなされています。
 攻略できる女の子がほのか一人というのもここでは効いてきていて、この物語展開では、彼女以外の女の子に手を出すということそのものがストーリーそのものを大きく破綻させてしまいますでしょう。
 この作品、ストーリーはいわゆる純愛エンドとでも呼ぶべきものと、娼婦エンドとでも呼ぶべきものの大きく二つに分かれます。
 後者も多少歪んでいるとはいえきっちり恋愛のひとつの形としてはあるのかな、というものでしたし、前者に至っては不覚にも最後にちょっとぐっときてしまいました。
 アダルトゲームとして考えれば過去のあのエピソードなんて不要ということになるのでしょうが、きっちり物語の収束のためにああいうエピソードを主人公に持たせて、それを物語に絡めてきたというあたりに力を感じます。
 後者もまあ確かにアダルトメインではあるものの、ちゃんと付けるオチはつけているあたりは好感が持てます。
 エッチシーンはとにかくバリエーション、量ともに豊富。まあこういう作品だから当然かもしれませんが。
 ほとんどがどちらかというと無理やり系のものが多いので、そういうのがダメな人はダメかもしれませんが、着衣もスクール水着からブルマ、制服、浴衣など一そろいしていますし、緊縛とかおもらしとかの類のちょいとアブノーマル系もきっちり完備。さらにテキストがねちっこいので云うことありません。
 アダルトシーンとしては登録はされていませんし、特にCGがあるわけではないのですが、「顔や自分の着ている制服でトイレを掃除させられる」とか、「服の中に蛙を入れられる」なんていうようなシーンがあったりしてその描写とかほのかの嫌がり方とかが巧く書かれていますから、そんなような女の子を苛めるのが好きなんですみたいなちょいとデンジャラスな嗜好の方にも大満足いただけますでしょう。
 もちろん、あんまり「語る」タイプの物語ではありません。別の云い方をすれば、単純な「萌え」というようなあれなのかもしれません。
 が、それだって極めればここまで熱中させる話になるのだということなのでしょう。不器用な偏愛アドベンチャーとはよく名づけたものだと思います。

<CG>
 巧いです。ちょっとあどけない系統の女の子という設定のほのかが実にうまく描かれています。
 こういう系列のアダルトゲームなのでアダルトシーンがほとんどなのですが、そうでないCGも含めてほんとに可愛い。表情も豊かで見ているだけで幸せな気分になれること請け合いです。そりゃ村田でなくても手を出したくなりますがな。
 一枚絵はもちろん立ち絵にもぬかりはなく、この立ち絵については男キャラやその他の女キャラも同様。彼らについてはさすがに可愛いとかカッコイイみたいなのはないんですが、その表情の動き方なんかは実に巧いです。
 背景もそれなりに巧いんですが、用意されている背景バリエーションがあまり多くないらしく、シーンによっては背景が黒一色だったりするのが結構多くてちょっとがっくりきてしまうというのはあるかもしれません。

<システム>
 ビジュアルアーツシステム。セーブ・ロードのメニューがセーブした時間だけで情報がなかったりと今時のシステムに慣れきってしまうと見劣りしてしまいますが、特にバグもありませんし普通に使うには十分でしょう。
 バックログ閲覧もホイールだけで可能ですし、スキップも高速。さらに「台詞を喋っているときは自動的にBGMがちょっと小さくなる」という細かな配慮がされていたりして何気に親切です。
 CGモードや音楽モード、Hシーン鑑賞などもきっちりありますから、不満はまったくありません。ただ、まあこのブランドの方針であるとは云え、スタッフロールは欲しいかな。このくらいの作品なら堂々と名前を出しても恥ずかしくないとわたしなんかは思うのですが、いろいろあるでしょうからそれは仕方ありますまい。

<音楽>
 これ、正直、こういうゲームの音楽だからってことで見くびっていました。
 なんと云うか、想像以上。劇中曲も静かな感じの曲が多くて落ち着いてしまうのですが、中でもエンディングのボーカル曲「ひだりてみぎて」。個人的にもともと好きな系列の曲ではあるんですが、これはよいですよ、ほんとに。
 この作品、エンディングにムービーとかがあるわけではないのでそれらしいシーンが終わるとぷつっと切られてしまうのですが、それがもったいないくらいです。透き通るような歌声とメロディライン、綺麗な歌詞に思わず聞き惚れてしまいました。
 というエンディング曲を含めて、音楽は何気に高レベルなんじゃないでしょうか。終わったら是非とも「Music Mode」でフルバージョンを聞いてみてください。
 声については、この作品、ヒロインのほのか以外には声がつきません。
 それに違和感がないと云えば嘘になりますが、この声がいいんです。ほのかというキャラクターのイメージと声質が合っているというのもあるんですが、それ以上にこれを演じている声優さんが巧いんです。
 正直、こういうキャラって演じるのがすごく難しいと思います。でも、「おどおどしててそれでも一所懸命」な感じの喋り方とか、息を置くポイントとか、アクセントを置くポイントとか、そういう「ほのか」というキャラクターの魅力はどこにあるのかをちゃんと把握しているなあという印象を受けました。
 場合によっては鼻につきそうな口癖なんかが凄くナチュラルに表現されているのはある種感動すら覚えます。

<総合>
 これ、わたしが個人的に好きなタイプの作品とははっきりと系列として異なっていますが、しかしそういうことではなく、間違いなく純粋に「印象に残る」作品です。
 とは云っても繰り返しますが、決して人生の教訓がとか、哲学的なギミックがとか、そういうことではありません。この作品においては、ただただ、その表現に驚かされました。
 正直、『ゴメンなさい……アタシのせいで』で不満に思っていたようなことをすべてやってくれたような、そんな印象です。たとえばまさに「ゴメンなさい……」のレビューに書いた「弁当をコンクリートの床に叩き付けて捨てる」なんてのも容赦なくやってのけます。涙ぐみながらそれを拾い集めようとするほのかにエッチなことをしたりとかもします。
 そういう、描写の徹底したところですね。別に自分もそういうことをやりたいとかってことじゃなくて、そういう物語を書くのなら、ここまで徹底してはじめて面白くなるんじゃないのかなと思うのですよ。ストーリーがこういう作品ながらきっちり盛り上がるものになっていることも、そういうことと無関係ではないでしょう。
 最後になりますが、この作品の「純愛エンド」の一番最後には、非常に大きな落とし穴(?)が掘ってあります。
 こんなのクリアした人にしかわからないでしょうけれど、あれは面白い趣向ですよね。ものすごく賛否両論分かれそうな感じではあって、その直前までぐっとこさせておいてあれは何事だ、と思う向きもあるでしょう。実際、わたしも終わった直後はそうでした。
 物語性という観点からすればあれはいくらなんでもなかろうということですが、でもこれって、それはわたしが物語とはこういうものだというような固定観念にとらわれているからでもあるわけです。
 さらに云えば、俺たちが作ったゲームはやれ感動だのなんだのなんて甘っちょろい代物じゃねエんだよ、というような製作者からのメッセージではないかなとも取れるわけで。
 なんかああいう展開というのは、作品の主張ですよね。個人的には凄く面白いなと思います。もっともああいうことは、それまでの物語がしっかりしてなければ、同じことをやったところで「ああ、やっぱりそんなもんなのね」で終わってしまうわけですから、やっぱりこの作品は物語の観点から見ても輝いているところがあるということなのでしょう。
 だからこの作品を「名作」と呼ぶのは、製作者なんかもあまりいい気持ちはしないのかもしれません。が、わたし個人からすれば間違いなく「名作」でした。へーきっ。


2003/12/26

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