10/23「指輪論」

 ということで、あたしみたいな31歳独身童貞というのは、たとえば子どもの幼稚園の入学費用のために貯金しなきゃとか、来月彼女の誕生日だからなにか奮発して高いレストラン予約しなきゃとか、そういうのは一切ないわけです。
 まあ、あたしの場合は会社でもいらん子なもんですから、前にも書いたように独身貴族と云うには程遠い没落貴族ライフなわけですけども、それでも家族持ちや彼女持ちの人からすれば、ある程度買い物とかは自由にできるわけですね。
 なもので、別になにかモノを買うときに誰かに相談しなきゃいけないとかそういうことはまったくなく、たとえば車を買うときもほとんど衝動買いな勢いで印鑑ついたりしてましたが、それでもやっぱり買うのに躊躇するというか、そうそう簡単に買っちゃいけないものというのはあると思うんですよ。
 ある意味その最たるものというのが指輪だと思うんです。別にトールキンとかそういうあれではなく、指に嵌める純然たるアクセサリーのあれです。
 指輪というのはなんだろうな、いまどきは普通にファッションの一環としてつけている人もぜんぜん珍しくありませんけども、あたしにとっては指輪と云うのはやっぱりものすごく特別なもので、なんかこうものすごく大切な人に贈るものというそういうイメージなんですよ。
 もともとあれですよね、好きなあの子と買い物をしているときに何気なく入ったアクセサリーショップでガラスケースに入った指輪を見つけてるんですよ。
「あ。これかわいいな」
「どれ?」
「見て見て、この指輪。キレイだよ」
「そうだな……って、高いなコレ!」
「あはは。大丈夫だよ、こんなの買ってなんて云わないから」
「俺のカードの限度額、余裕で超えてるしな……」
「それにね、わたしにはこれがあるから」
と、大事そうに見せてくれた右手の指輪を見て呆れつつ、
「……まだしてたのかそれ」
「うん、だって大切なものだもん」
「大切なものって……それ、昔に祭りのときに買った安物のおもちゃじゃんか」
「値段なんて関係ないんだよ。キミが買ってくれた、っていうのが大切なの」
 楽しそうにする様子を見てちょっと微笑ましく思う。
 そして、数ヵ月後、彼女の誕生日。
 思い切って貯金を切り崩して買ったあの指輪を渡す。
「……これって……あのときの?」
「ああ、うん」
「お金は……?」
「ま、なんとかなるだろ」
「だ、ダメだよ、こんな高いのもらえないよ」
「いいんだって、まみに似合うと思って買ってきたんだから」
「で、でも」
「今さら帰しになんて行けないだろかっこ悪くて」
「でもでも……」
「それよりも、せっかくだからさ。手、出して」
「う、うん……」
 買ってきた指輪を、ゆっくりと指にはめてあげる。
「うわぁ……」
 なんて云いながらちょっと街燈の明かりに指を照らしてみたりなんかして、困りながらも嬉しそうにしてる様子が、なんともまみらしかった。
 そして。
「……あのさ」
「うん?」
 じっと見つめあう俺とまみ。
 ほんのちょっとの、それでも長く感じる間があって。
「……結婚、しようか」
 みたいなそんなようなあれじゃないですか。指輪ってそういうものじゃないですか。三点リーダの多い文章だな!
 とどのつまりどういうことかと云えば、あたしのようなアレだ、女の子と手を繋ぐのが当面の人生における目標ですみたいな純粋培養の童貞マジシャンズにとって、指輪というのはなんかこう彼女とかそういう存在とダイレクトに結びつく代物であるとそういうことなわけです。閉店前のスーパーで半額になったハムカツじゃないんだから、間違っても適当にちょっと買ってみようかなと思うものじゃない。
 そう思ってたんですけど、どうも世の中はそういうあれではないらしいということを教えてくれる事件があったんですよ。
 それはそう、日曜日の午後のことでした。
 日曜日の午後と云えばあれじゃないですか、あたしみたいな日々を多忙に生きている企業戦士にとっては休息の一日じゃないですか。いやまあ企業戦士どころか社内ではカメムシみたいな扱いですけど。
 まあとにかくいちおうは休日な感じの日でして、休日とは云えあたしなんか社会派ですからね、実に有意義に『アッコにおまかせ!』あたりを見ながら相撲の八百長疑惑について考えるふりをしたりするわけです。ぶっちゃけ相撲とか興味ないからどうでもいいんですけど。でも辞めさせられた奴がいきなり告発とか云っても説得力はないよね。
 そこへやってきたのが突然の訪問者ですよね。
 まあ、前にも書いたかもしれませんが、基本的に日曜日の午後にやってくる奴なんてセールスか宗教かNHKくらいのもんなんで無視すりゃいいんですけど、たまたまその日に、前日届くはずだったネットオークションで買ったものが宅急便が届くことになってて、それかなと思って無警戒に開けちゃったんですよ。
 そしたらドアのところにいたのがなんか二人組の女性でしてね、なんかもう満面の笑みなの。だいたい知りもしないのに笑顔で近づいてくる奴というのはろくなことを考えてないというのが定石ですからね、瞬間的にものすごい警戒したんですけど。
 そのときの会話をほぼ丸々再現しますと「なんとか株式会社の山本と申しますが」「はぁ」「失礼ですが独身の方ですか彼女とかいらっしゃいますか」
 前フリとかないの。いきなりこれ。失礼だとわかってるなら云わなきゃいいのに。ネットの掲示板とかに「管理人さんへ迷惑だったら削除してください」とか書きながら書き込みをしてる奴らと同じですよこんなものは。
 もうね、むちゃくちゃ失礼なわけですよ。なんか世の中の男性は基本的に彼女がいて然るべきであってそういう質問はしてもいいものだというそういう前提で訊いてることが明らかなわけ。31歳で独身で女の子の手も握ったことのない奴がこの地球上にいるなんて考えたこともないに違いない。
 まあこんな連中に見栄はってもしょうがないんで正直に云いますよね。「いません」「今、結婚指輪をお安くご提供してるんですよ」
 かみ合ってない、ぜんぜん会話がかみ合ってないよ。
「ええ、結婚を前提にお付き合いしてる人がいます」「今、結婚指輪をお安くご提供してるんですよ」これはわかります。「ええ、付き合って1年になります」「今、結婚指輪をお安くご提供してるんですよ」これもわかります。でも、「いません」に対してその答えは明らかにおかしい。これっぽっちもかみ合ってない。
「いや、だから結婚指輪も何も、相手がいないって云ってるじゃないですか」なんか云ってて哀しくなりますがそう云うじゃないですか。うっとおしいし。そしたら「そういう方でも将来のために指輪を買っておくのは今では当たり前ですよ」なにがだ。なにが当たり前なんだ。どこのホットドックプレスに書いてあるんだその恋愛の常識は。
「将来的にはご結婚なさいますよね?」いや、それはあたしが聞きたいんですけど。31歳まで女の子の手も繋がないで生きてきましたがこれでも結婚とかできるんでしょうかと聞きたいのはあたしのほうなんですけど。
「そんなこと関係ないでしょう。要りませんので」お帰りください、と云おうとしたんですがさすがにこういう人たちは引き下がりませんね。「関係ありますよ、あなたの幸せの未来のためですから」
 これはね、いやもう久しぶりに腹が立った。いろいろ頭にくることとか落ち込むこととかでいっぱいのこのときにこの台詞になんだかむちゃくちゃ腹が立ったんですよね。なんでお前なんかに未来の幸せを保証してもらわねばならんのか。あほか。それともなにか、お前があたしと清いお付き合いをしてくれるとでも言うのか14歳セミロングがんばりやさんんだけどちょっと泣き虫な巫女さんを紹介してくれるとでも云うのか。
 というようなエディタ換算でこの先20行以上は楽に行けそうな文句が喉まで出かかったんですがそこはこうなんだ、あたしの後ろ向きな性格というか泣き寝入り体質と云うかそういうあれでおとなしくしてたもんですよ。
 結局「いや要らないから。帰ってください」と云って強引にドアを閉めました。鍵までかけてやった。
 いや、玄関にバイクが停めてあって狭くて入り込めないようになってるのが幸いしたね。入られてたら面倒だもの。なんかドアに手とかかけようとしてたけど無理やり押し出したものな。訪問販売みたいなのはよく来るけども、ここまで強引に追い払ったのははじめてかもしれん。
 なんかその後もドアホンとか二、三回押したりノックしたりドアノブ回したりしてましたけど当然無視ですよそんなものは。っていうか鍵閉めてなかったら開けて入ってくるつもりだったのかお前らは。
 といったところで、ちょっと落ち着いてみるに、最近は指輪なんてものまで訪問販売で売るのだなあという驚きと、そんなものは普通もっとじっくり選ぶだろう訪問販売で買うようなもんじゃないだろうというそういうあれでしたとさ。まあそういうのを強引に売りつけるのが訪問販売の何たるかなんだろうけどもな。
 それともあれか、みんなもっと指輪なんて気軽に買っておるのか。訪問販売で来た奴から「じゃあこれを」みたいな干物とか新聞三ヶ月とかと同じ感覚で買ってるのか。指輪はなんか特別、みたいなあたしの意識が化石なのか。
 そんなことを思ってるからいつまでもこんななのかそうかそうか。

<近況報告>
  • 近所にブックオフが出来たので行ってみたところ、気づいたらなんか尋常じゃなくいろいろ買い込んでおりました。なんかつい昔読んでて懐かしい漫画が100円とかで売ってると買っちゃうんだよなあ。
  • 『アウターゾーン』とか今読んでも結構面白いよ。エロいけど。話の作り方とかがすごくいい感じでオチ知ってるはずなのに楽しめました。エロいけど。エロいよねあれ。
  • これと『てんで性悪キューピット』『電影少女』あたりがが一緒に載ってた昔のジャンプはある意味で少年たちのパラダイスだったんじゃないかとこう思うんだ。
  • > ガソリン安くなりましたね。うちはカード使ってセルフでレギュラー150円になりました
     あたしがいつも使ってるところもレギュラーで147円まで下がっておりました。このペースなら来月はもっと下がりそうですが、NY原油も今日はついに70ドルを切ったそうで何よりです。来年にはまた100円くらいに戻ってたりして。
    > 今更準にゃんにハマってます。バレたら『女装レズだー!』とか言われそう。誰がいつ女装した!?(怒)
     なんで女装レズなのかとかさっぱりわかりませんが、準君はいろんな意味で特別だと思います。
    > ウチの猫(♀3歳)が未だに『みー』としか鳴けません。
     猫とか飼ったことないんであたしにはよくわかりませんが、猫って基本的にそう云うもんじゃね!?
    > マスターじゃ駄目ですか? ゆいにゃんで本当にいいんですか?ゆいにゃん。
     いやまあいいも悪いも、「ゆいにゃん」って呼ばれても振り向きませんけども。っていうかたぶん自分が呼ばれてることにすら気づかないと思いますが。
    > 私の学校も男子校でしたが体育祭は割と緩い感じでした/皆やる気ない感じです。女子の存在は重要なのでは。
     まあ基本的にあれですよ、フラストレーションが発散できる競技以外は皆さん興味がないと見えるのはどこも同じ、ということなのでしょう。たぶん。
    > 凄い体育祭ですね…やはりめりけんさっくを投げたり、下水道で鉄亜鈴で殴り沈めたりするんですか?
     4人プレイが熱いよね。でもだいたいあんな感じ。ほんまか。
    > 行進がナチスの『ガチョウ足行進』みたいだったら嫌ですね。選手宣誓のポーズもアレですし。
     っていうか基本的に、あまりにキレイに揃ってる行進ってなんかどこか気持ち悪いと思うのですよ。お隣の半島のアレとか。
    > 妹は結婚しましたが、私は朝起きると謎の血痕がこびり付いています。大流血してても気付かなかったり。
     最初は駄洒落に気づかなかったあたしをお許しください。っていうかここに書いててはじめて気づいた。血なんて洗うがいいさ。血でね!
    > 日○高の体育祭でも、救急車が来たり来なかったりでしたよ。
     うちも救急車は来てた気がするなあ。でもあたしの高校の近所にあった某高校は学園祭になるとパトカー来てたって云うしそれよりは。
    > 1話のアレとか3話のアレとか。やられちまいました。4話でさらに芽衣地獄に填りそうな気がするのですよ。
     まあ基本的にあれですよ、芽衣は可愛いんですよ。そこへあの3話が来ちゃったもんだからもうね。たぶん次回で春原編は終わりだろうしせいぜい楽しませてもらうとしようか! なんだあたしのキャラ。


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