4/9 「選挙論」

 ということで、選挙ですよ選挙。すごいぞ今回はなんかどうせもう誰も見てないだろうからってんでもう政治について語っちゃおうってんだからね、30歳童貞のくせに。関係ないだろ童貞は。
 なんかね、選挙のたびに思うんですけども、「この中の候補者全員ダメ」だと思ったときってどうすりゃいいんでしょうかねってことなんですよ。あたしは今だ嘗て支持政党など持ったこともないですし熱烈に支持する人がいるでもないですしこの宗教だからあの政党に入れなきゃダメみたいなのもないですからね、こういうとき非常に困るわけです。
 だってあれですよ、あたしは一応東京都民なので今回の東京都知事選に絞りますけど、あの中で誰かこの人になら安心して東京を任せられるぜ、って人がいたかいってことです。我侭放題な現職とそれを批判することしかしてない政策が見えてこない候補者とかエセ発明家とか政見放送で中指立てる奴とかって誰に入れりゃいいんだと。ぶっちゃけ普通の人が誰も居ないもの。場合によっちゃ他の県の財政をガタガタにしてこちらに出てる厚顔無恥な人間もいるくらいだし、東京も実に舐められたもんですなあとそういうあれなわけですよ。そのまんま東の罪は想像以上にでかいなこれはな。
 だからこうあれですよね、今回は一応石原都知事が三期目だったわけですけど、今回たぶんそういう「消極的当選」だった気がするんですよね。だからこれに石原都知事が「都民の支持がやっぱりあったんだ」とか思わないでいただきたいなあと。「この中で一番ましだった」と判断したが故の当選だったということでしょうから、今までのような慢心の気持ちを捨てて新たなる都政に望んでいただきたいものです。
 と云ったところで三十歳童貞の政治批判など誰も読みたくないでしょうからこれはこれでまあよくて、いやまあ本質的にはあまりよくないのだけれどそれはともかく、それじゃあ選挙ってのはどうあるべきかってことなんですよ問題は。
 選挙と云えば一つ思い出がありましてね、なんかこうこれを選挙報道で世間がにぎわうたびに思い出すんですよ。
 小中学校の頃にも選挙って一応あるじゃないですか。学級会とか生徒会とか。
 ああいうのってさ、まあ、ほとんどの生徒は興味ないわけですよ。だって別に誰がなってもかわんないし。別にこの人がなったからじゃあ宿題がなくなりますとかそういうのがあるでもなし、ぶっちゃけ立候補している当人たち以外はどうでもいいよくらいのものです。
 まあもちろん、教育的見地から考えれば「選挙」というものを体験させる意味もあるんでしょうけれど、そう考えればこの「誰に投票してもたいして変わらない」ところまで立派にシミュレートしてるわけでこれはこれで皮肉なわけですがそれはまあよいです。
 小学校の頃だったと思うんですけども、この中に、クラスで一人必ず何かに立候補しなきゃいけない、という奇妙なシステムがあったんですよ。
 そんなことをしたらほとんどの生徒は自分のクラスの代表に入れるだろうから票が割れていいことなんかひとつもないんですけども、まあなんだ、これもまた教育的見地からのものなのでしょう。
 みんなの状況はどうだったかと云えば、これはもうみんなして「そういうのは面倒だけどちょっと興味ある」みたいなそんなような状況だったわけです。小学校の頃ですからね、まあ一応それなりの好奇心はあるわけですよ。
 その中で「書記」という地味な役割がありまして、当時のあたしは妙にこれに惹かれたものです。なのですが、一人で立候補するのは怖い。ということで、じゃあ友達といっしょに立候補してみようとこう思って友達を誘ったわけです、その友達もやっぱり同じような心境だったらしく、二つ返事でOKしてました。
 ただ、ここでもまた「クラスでの各立候補者はクラスに一人」というルールがありまして、つまり、書記で立候補できるのはクラスであたしか友達かどっちか、という状況だったわけです。これが問題だった。
 幸い、クラスで書記に立候補したいというのはあたしとその友達だけで、図らずも二人の決選投票になってしまいました。
 こういうとき、今時の小学校だったら、「票を集めてどっちがどれくらい票を集めたかがわからないよう先生が集計、どっちを立候補させるか決める」とかそういうあれなんでしょうけど、なんせ二十年前の小学校。そんな気の利いたことをするはずがありません。その場で挙手による決選投票ですよ。
 そしたらですね、まずあたしからだったんですけど、あたしがいいと思う人、って言われて手を上げる人がゼロですからね、ゼロ。どんだけ嫌われてるんだとそういうことですよ。当然、その後の友達に全員手を上げるという、ゼロ対全員ってお前どんだけ圧倒的なんだと。参議院選挙のなんとかイエスよりもたち悪いぞ。
 そりゃもうね、クラスの支持率ゼロパーセントの衝撃の事実に家に帰ってマジ泣きしたね。こんなもの今時の学校だったらちょっとした問題になっててもおかしくない。いやまあ今考えれば、単に手を上げようにも他誰も手を上げてないからなんとなく上げづらくて他人の様子をうかがっているうちにゼロ対全員の構図になったという良心的解釈もできなくはないけど、当時の小学生にそんな都合のいい解釈なんかできませんから。もうね、あまりの情けなさに泣くしかないじゃないかこんなものは。しかも結果的にこいつが当選しているからまたたち悪いよな。
 というような、選挙の報道などを見ていると、あのときのクラスの冷たい雰囲気をものすごく思い出してしまうのです。ちょっとしたトラウマですよねこれはね。小学校の頃のことなんてほとんど覚えてないはずなのに、あのクラスの教室、自分の席にさらし者のように立たされて、誰からの支持も得られないままに愛想笑いを浮かべていたあのときの空気まではっきり感じられるのです。なかなか文章だと伝わりづらいなこれはな。
 というようなそういうあれでして、選挙のたびにそんな複雑極まりない思いでいる今日この頃です。想い出と云うのは変えられないだけにつらいものですが都政は変えられますので、ぜひともよりよい東京都を作っていただきたいものです、なんてうまくまとめてみたりなんかしてな。あーあ、嫌な都政だなあ。だからもう誰向けのギャグなんだよ。

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