12/13 「自転車のおはなし」

 とは云うものの、自転車を買おうと思ったんですよ。
 いえね、町の中を走り回る乗り物としてはバイクもあるし車もあるし、だいたい引越して以来そんな遠くへ買い物に行ったりする必要もなくなりましたから、そういう移動手段としては別にどうでもいいです。
 そもそも、自転車という乗り物は移動の手段としては日本の道路交通法上はちょっと微妙なところがあるし、その微妙さのせいでわたしは自転車があまり好きではありません。
 車を運転しているときには車道を走ってて後ろも見ずに車線をまたいでくる走る太宰治としか思えないスポーツタイプの自転車とか、歩道を歩いてるとじりんじりんベルを鳴らしながら特攻してくるババアのママチャリとかマジありえない。こないだ新宿通りで後ろからノー減速で突っ込んできたババアのママチャリに轢かれましたがババアはすみませんも何も言わずにそのま走り去って行きました。あれもしかして立派な交通事故だったのとちがうかなあ。
 まあとにかく、免許制度が確立していないだけに好き勝手やっていいと思い込んでいる自転車が世の中にはあまりにも多すぎますし、ちゃんとルールを守って自転車に乗っている人の云い分からすれば、車道を走っても歩道を走っても邪険にされるどうすればいいんだとこういうことになりますでしょう。
 まあ、車道はなるべく左側を走って駐車車両とかをかわすときはちゃんと後ろを確認してからするとか、歩道は歩行者が優先でベル鳴らすなんて言語道断なのだとかそういうことを守るだけでもだいぶよくなるとは思うのですが、そんなものは理想論だよ、という自転車の人も多いでしょうから、ここはやっぱりきっちり免許制度かなにかを確立すべきなのかもしれません。
 とまあ、そんな状況なのになんで自転車を買おうとかなんとかという考えに至ったのかということなわけですが、まあね、平たく云えば旅行先での移動手段が欲しくなったのですよ。
 今までは原付バイクを車の後ろに積んでいくということで不便な場所での移動を可能にしていて、これはこれで優れた方法なのですが、車を乗り換えてステーションワゴンにしてしまった今、そもそも原付が積めなくなってしまいました。
 ヤマハから出た電動のスクーターみたいなのなら横積みができるらしいのでそれでもいいんですが、買おうとするとなんせ20万円とかしますからね。旅行のときしか使わない乗り物としてはちょっと高価です。中古車で10万円くらいで出るようになったら買ってもいいかなあという感じで。
 とはいえ、完全な田舎か完璧な都会かならともかく半端な都会とかに旅行に行くと、車で動くには駐車場が高かったり渋滞があったりして、かと云って電車やバスで動くにはちょっと不便だったりするようなあれなときに、なにかそういう交通手段があればいいなあというのは考えるところではあったわけです。
 そこで気兼ねなく車で運べる乗り物として、折りたたみができる自転車というのはこれはなかなか悪くないのではないかとこういうことになったわけですね。
 しかしあれだ、自転車というのがいくらなのか、という相場がぜんぜんわからないのですよ。なんせ自転車なんてもう何年も乗ってないような状況ですからね、買うなんてこと考えもしなかったわけですから。だいたいいくらくらいなのか、ということさえわからないわけです。
 こう云うときに役に立つのはやっぱりネットなわけでして、こうね、ちょっと見てみたんですよ。そしたらね、なんかいいやつだと三十万円とかするの。スーパーカブがその半額で売ってるのにエンジンの分はどこへ消えたんだってなもんじゃないですか。つうかそれなら電動スクーター買うってば。
 ただ安いのはすごい安いのね。五千円とかで売ってるの。その二十九万五千円の差はどこなのよと突っ込みたくもなるわけでして、こりゃあ自転車屋に行ってみるしかないなと。
 と云っても自転車屋なんて普段行かないしどこにあるかもわかんないので、とりあえず大手量販店の自転車売り場みたいなところへ行ってみたわけです。
 そうするとネットほどのはないにしてもだいたい一万円から五万円くらいの間でバラけてるものが中心で、これが見てみたけど差がまったくわからないのな。まあたぶん軽くて持ち運びやすいとかそういうあれだと思うんだけれども、実際にこれを持って歩くわけじゃないからそれはどうでもいいんだよね。あとはギアがついてるかどうかとかそういうあれっぽい。
 そんなことをしていたらですね、なんか親子連れがいるんですよ。小学校の三年とかそれくらいかなという感じの。
 どうやらクリスマスだか誕生日だかのプレゼントで自転車が欲しいらしくて、そのすぐ横にはゲーム機の売り場があって「任天堂Wii品切れ中」の看板に訪れた親子連れが絶望的な悲鳴を上げている光景が繰り広げられていたわけですが、そういうのに見向きもせずに自転車を欲しがるとはなんという健全な子どもだろう、超がんばれ、などと心の中で意味不明なエールを送っていたわけなんですけどもね、その子どもがね、なんか八万円とかする自転車買ってもらってるのね。
 八万円って。子どもの自転車に八万円って。二万五千円のWiiのほうがよっぽど健全じゃないか。趣味で高い自転車を買うという人は回りにもいるからわからないではないけど、子どもに買う自転車に八万円はマジありえない。
   確かにね、子どもの頃にはじめて自転車を買ってもらったときってすっごい嬉しいじゃないですか。あたしもね、いつだったか忘れましたけどはじめて自転車買ってもらったときは嬉しくて一日中乗り回してたもんですよ。はじめてじゃなくても、鉄道という交通網が発達していなかった田舎に住んでいた我々としては、中学生くらいまではある程度の距離離れた場所まで行くための唯一の交通手段なわけですよ。
 もっとも裏技として自分の家の畑で使ってるトラクターで学校まで来た奴がいましたけどそれは立派な無免許運転なので良い子は真似しないようにね。竹下君お元気ですか。
 まあ、そういうあれで、自転車というのは今の年齢で例えてみればバイクとか車とかと同じ自己主張ツールでもあったわけなんですけれども、あの頃大ヒットしていた商品がありましてですね、これがもうすごいんです。
 あの頃はとにかくゴテゴテといろいろなものがついているものが一番偉かったんです。まあそのへんの感覚は、いまでもこうなんだ、ちょっとアレな感じの人が車とかにやたらと電球とか着けたりしておまえはクリスマス前の東京タワーかみたいな電飾でもって夜中の台場とかを俳諧しておポリス様に職質を食らっているのを見てもわかるように、基本的には昔も今も共通だと思うんですけども、まあとにかくそういうあれで。
 たとえば筆箱ですね、これなんかもうすごかった。単に普通に開いて鉛筆が入れられるだけじゃダメなのね。まず鉛筆と消しゴムを入れる場所が分離していて、さらに裏にひっくり返すとそっちも開いてそこには定規とか入れるスペースがあってあろうことかサイドにも引き出すスペースがあってそこにはええっとなんだったかなあとにかく何かを入れるスペースがあるのね。しかもそれがぜんぶボタンでワンタッチで開くようになってるわけ。なんだったんだろうなああれは、まだああいうの売ってるのかなあ。いや筆箱のふたくらい自分で開けろよ。
 そういうあれなので、子どもたちの憧れである自転車も当然そういうギミックに晒されるわけです。否、むしろ自転車こそ真っ先に晒されたと云っても過言ではないな。
 なんせあの頃子どもたちの憧れの憧れといえば、当然のように前も後ろも光りモノだらけ、ライトはにタイヤをはさむように二つ着いていて、しかもそれがリトラクタブル。スーパーカーのようにぱかっと開くわけです。さらにその頃の自転車ライトと云えばダイナモでこぐとペダルが重くなる上にじーごじーご音がするというあれでしたけども、こいつは電池で光るんですよ。超未来です。
 さらにハンドルにはスピードメーター。普通に走っている速度を計測するのならまだ実用性もあるでしょうが、これはなぜかメーターに振られたメモリが「40km/h」とか普通に指すというしろもので、ちょっと立ちこぎなんかするとあっという間にメーターが80km/hあたりを指すという意味のわからないものでした。そんなに出るわけないだろ。中野浩一か俺は。
 もうこのギミックだけでも当時の男の子たちは射精しちゃいそうなくらい大興奮なわけですけれども、ギアなんか普通の自転車だとハンドルのところに切り替えのレバーがあって「軽」「速」の二段しかなかったりするわけなんですがこれはそんな甘いもんじゃなくて二十四段変速ですからね。二十四段ですよ。ウニモグじゃないんだから。どこ走るんだってなもんですが、とにかく二十四段に変速できて、しかもシフトレバーもちょうど股間の前、バイクで言えばタンクのある場所にあって、レバーも車のオートマチックのセレクターレバーみたいな形状なんです。あんなものどう考えてもやりづらくて仕方ないわけですけど、子どもたちはそういう実用云々じゃないわけですよこんなものは。
 ただ、こういう自転車はやっぱり高いわけです。そうでなくても自転車は安いものじゃないのに、これはそういうギミックがついているというそれだけで五万円とか普通にしていたわけでして、そういうことからすれば普通の庶民であったあたしらが買ってもらえるような代物ではなく、それこそスネオ君みたいな奴が誕生日とかに買ってもらっていて放課後に学校に自慢気に乗ってきては子どもたちの垂涎の的になるというあれで人生の縮図を学んでいたわけです。
 つまり何が云いたいかというとですね、買ってもらう自転車というのはそういうものではないだろう、とこういうことなわけです。なんせそのリトラクタブル自転車なんかよりもさらに高価なわけですから、こんなものを小学生が乗り回してるのとか本気でありえない。いいじゃないかその横にあった二万円のやつで。親父さんもあれか、「よーしこれでいっしょにサイクリング行っちゃうぞー」みたいなことで張り切ってたりするのか。
 なんかそんなの見てたらさ、横においてあった一万円の折りたたみ自転車を買おうとしている自分が悲しくなってね、結局なにも買わないで帰ってきましたはい。だってなんか悲しいじゃない。ファミコンを買ってもらってる親子の横で100円のにせものビックリマンのガチャガチャやってたことを思い出してなんか死にたくなったもの。社会人になったらそういう思いをしなくても済むようになるって思ってたのになあ。
 やっぱり人間自分の足で歩こうじゃないか。なにこの結論。

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