06/16 「お稽古のおはなし」

 とは云うものの、なんかですね、時々高御さんは思いついたようにわけのわからないことに手を出しては痛い目を見るというのがある種このサイトを長く見てくださっている方には定番になっているのではないかとこう思うわけですけれども、今回もまたわけのわからないことに手を出しましたよ。
 いやね、前から楽器が出来るようになりたいなあと思っていた、という話はこれもまたここでしたと思うんですよ。例えば結婚式とかでですね、なにか余興をやってくれと。こう云われたとき、慌てて「世界に一つだけの花」のフリを覚えると云うのもこれはこれで楽しくて捨て難いんですけれども、やっぱりここで楽器が出来たりなんかするとものすっごいかっこいいじゃないですか。
 ヴァイオリンなんかこう持ってきてですね、ドヴォルザークあたりの「新世界」なんかをですね。「ヴァイオリン」で「ドヴォルザーク」ですよ?間違っても「バイオリン」「ドボルザーク」じゃないわけ。いや別にそんなことどうでもいいんですけど。徳大寺有恒じゃないんだから。喩え同じ「世界に一つだけの花」でもさ、自分で演奏したりなんかするときっとものすごくカッコイイんじゃないかとこう思うわけですさ。
 まあとにかくそういうあれで、楽器ができればいいなあみたいなそういうあれがあるわけですよ。嘗て行った結婚式でもさ、旦那さんとお嫁さんがセッションみたいなのやったりとかそういうのあってさ、なんかすっごいいいじゃないああいうの。
 なんかわかんないけどさ、たとえば放課後の学校ですよ。放課後、誰もいない校舎の音楽室から毎日ピアノの音が聞こえてくるわけ。こっちは委員会かなんかでいつも残ってるからそれを聞くともなしにいつも聞いてたんだけど、周りの友達とかは「なんだよ、下手糞だな」とか云うんだな。確かにそれは下手糞でさ、時々音が外れたりとかテンポがズレたりとかするんだよ。
 しかし、最初のうちは気にしてていちいち笑ってた友達も、だんだんそれが気にならなくなってくる……というか、あってもなくてもどうでもいい存在になっていく、と云った方が正解かもしれない。何日かすれば、もうそのピアノのことなど誰も気にもしなくなっていた。
 でもなんか自分だけはその音色が妙に気になっていたのである。小さい頃からヴァイオリンを習っていたから、そのせいかもしれない。小さい頃に習っていたのと同じ曲で、自分もその曲に苦労した覚えがあるからかもしれない。
 ところが。
 最初はたどたどしかったのがだんだんそれが巧くなっていくのだ。
 だんだんつっかからずに弾けるようになってきてて、ちゃんと音楽になっていて……それが嬉しかった。
 しかし、委員会活動は期限があった。一ヶ月くらいで活動が終わってしまう。
 活動が終わると、遅くまで学校にいる必要もなくなったのだが、それでも音楽室の隣の空き教室で、その小さな演奏会を楽しんで、その後にヴァイオリンの教室に行く……それが僕の日課になった。
 一箇所だけどうしても詰まっていたところも、やがて詰まる回数が少なくなって。
 もう一ヶ月くらいすると、もう完全に間違わずに弾けるようになって。
 それでも、すごく上手ではない。でも、一所懸命なその音色に、僕は夢中にさせられていたんだと思う。
 ところがある日いつものように音楽室の前を通りかかると。
 音楽室のドアが開けっぱなしになっていたのだ。
 ふと覗き込んでみると、夕日の差し込む薄暗い音楽室、ピアノの前に座っていつもの曲を弾いている女の子が一人。
 そのあまりの美しさに魅せられて、僕は思わず音楽室に駆け込んだ。
 学校では決して開くことの無かったヴァイオリンケースを持って。
 そして、そのピアノの音に合わせて弦を弾く。
「!」
 女の子がその音に気が付き、慌てて演奏をやめて顔を上げた。
「……続けて」
 僕の言葉に、彼女は一瞬戸惑って、それでもちょっと微笑むと、再びピアノに目を向けて。
 いつものあの音色を奏ではじめた。
 僕もそれに合わせてヴァイオリンを弾く。
 それは、僕らだけの小さな演奏会。
 曲目は、『新世界』――。


 ……みたいなことも、やっぱり楽器が弾けないとできないわけじゃないですか。万が一そういうチャンスがあったときにどうすんだ、ってそういうことなわけですよ。ねえけど。
 そもそもなんでこんなに『新世界』に拘ってるのかもよくわかんないけどもな。いやただ単に好きなだけなんですけど。『新世界』をピアノとヴァイオリンで演奏できるのかって?知らんよそんなこと。できるだろたぶん。
 というようなですね、尋常でなく長い前置きを置いた上で、もう既に半分以上の人がこの時点で読むのをやめているような気もしますけどそれはこの際どうでもよくて、そういうあれであるので、高御さんもですね、楽器をはじめたんですよ。
 と云うとまた前に習った鍵盤みたいに、途中でどうしても本に書いてある運指ができなくて結局両手で弾けるようになったのは「キラキラ星」だけでお前それどうにもならんじゃん、みたいなことになるんじゃないかなあというような懸念もあると思うんですけども、それは独学だったからだとこう思うんです。然るべきところに習いに行けば辞めたくてもお金がかかってるから簡単には辞められないし、基礎とかもしっかり教えてもらえるし今度こそは、みたしなそういうあれがありましてね。
 でも、鍵盤とかそういうあれだとちょっとアレだし、何をやるかと思ったところでですね、こうあたしが昔からやってみたかったあれがあるわけですよ。何かってとこれがね、篳篥ですよ篳篥。雅楽に使われる笛です。いやネタじゃないですマジですよ。
 これさ、前々から雅楽とか好きだったのもあるんですけども、平安文学とか読んでるとですね、好きな女の人の家の前で篳篥を吹く、なんていうのが出てくるわけです。もうこれに昔からすっごい憧れててさ。なんかこういいじゃないですかそういうの。やっぱりさ、「好きです」もいいけどもさ、こういうのから始まって和歌をやりとりしたりとかそういうのですよ。高御さんの恋はどんどん非現実的な非現実的な方向へと走り始めておりますね。
 そういうあれでこの間第一回目を習ってきたわけなんですが、これがさ、難しいのなんのって。まあ、楽譜がドレミファソラシドじゃないからまったく勝手が違うっていうのはとりあえず置いておいて、なんせ楽器自体満足に音が出ないんだもの。出したい音が出ないならまだいいさ。リコーダーなら適当に吹けば音が出るけど篳篥ってそういうもんでもなくて、まず根本的にぴーともぷーとも云わないわけな。もうね、これに焦りまくりですよ。どうしていいんだかわかんないんだもの。
 あと、例えばリコーダーの場合、ドの音を押さえて吹いたらドの音しか出ない仕組みになってるんですけど、篳篥ってその同じ指使いでいろんな音を出すのが普通なわけ。だから余計に譜面が複雑になってるんだけれども。
 何時間か練習してようやく単音だけ出せるようになりましたけれども、それでも単音だもんな。演奏とか程遠いですよ。こんなんで好きな女の人の家の前に行って吹いたらうるせえって水ぶっかけられますよこんなもの。枕草子だったかな、夜に家の前で下手糞な篳篥を吹いてウザがられる男の話がありましたけどああいうあれですよね。
 とりあえずですね、いろいろ覚えることがあって大変ですよ。29になって宿題をやることになるとは思ってもなかったぞ。とりあえずちゃんと音を出せるようにならないことにはなんともだな。というわけですので、希望者の方の家の前に篳篥を吹きに行きます。吹けるようになったらですが。なんのこっちゃ。
 しかしどっちにしても誰ともセッションとか出来ないだろ篳篥じゃ。それは習った後に気がつきました。いいんです。

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