月陽炎 (すたじおみりす)

項目シナリオシステム音楽総合
ポイント5−4+
シナリオ:宮蔵
原画:仁村有志
音声:フル
主題歌:有

-演劇とゲームの高度な融合-

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 まずはじめに。秀逸な出来です。これは。心底惚れこみました。ただの巫女さん袴萌えゲーだと思ってると、あまりのシナリオの奥深さに驚きます。詳しくは語りませんが、神職に就く主人公・悠士郎は、父親の云い付けでしばらく田舎の有馬神社へ向かいます。そこでの生活がこの作品の主軸になっています。
 この作品、今までわたしはさんざんテンポテンポと云ってきましたが、そのテンポという面では、今までの作品の中でも最高レベルのものを持っています。とにかく文章の歯切れがいい。シナリオの骨組みはそんなに簡単でもなく、人間関係をしっかり把握しておかないとわからなくなってしまうところもあるのですが、そう云った複雑さを、この文章のノリとテンポが全て補ってわかりやすいものにしてくれています。とにかく、マウスをクリックするのが楽しい、話が先に進むのが楽しい。そういう感覚ですね。
 さらにこの作品、「アイテム」を得ることで、次のプレイ時に別のストーリー進行になるというシステムを兼ね備えており、つまりは何度もプレイしないと話の先が見えないような作りになっています。こう云うとなんだか面倒な印象ですが、ところがどっこい。このテンポのよさと、出来のいい物語展開と、一ゲームが2〜3時間程度(スキップ無し)という絶妙な時間が、それをうっとおしいものではなく、心地よいストーリーを楽しめるものにしてくれます。短い中に中身が詰まった内容なんですよ。しかも18禁ゲームらしく、エッチシーンもこれでもかとばかりに詰まっていて抜かりありません。
 さらに、シナリオで描かれるキャラクターが、これまた物凄く魅力的です。男性キャラだけ声無し、などというような、物語を根底からぶっ壊すようなことはもちろんしません。絵の魅力もさることながら、この声がとにかくいいんですよ。笑えるシーンは楽しく、哀しいシーンは哀しく。ちゃんと声が演技をしているのです。だからもう物語を楽しむことに集中できるというのは、本当に凄いです。
 つまり、世界を作るのが上手いんです、この作品は。演出も同じ。細かい画面効果、効果音、音楽。ミスマッチが一つもなく、かといって決してそれらが物語を超えて自己主張することもない、確かな演出がそこにはあります。ちょうどこの演出の仕方は演劇のそれと似ており、この作品における演出は、地続きの、画面がパンできない舞台において、どのようにすれば効果的に舞台を盛り上げることができるかを知り尽くし、かつ完璧に計算した上で行われている感じがするのです。しかしそこにはまったくあざとさを感じない。それはもう、その演出が、物語の頭上を越えて飛んでいくようなことをしていないからにほかなりません。演劇で、ライトが勝手にディズニーランドばりのイルミネーションをはじめれば、それは綺麗は綺麗だけれど、その舞台で繰り広げられている「物語」をぶっ壊してしまうのと同じことです。演出というのはなにもそういう派手な画面効果だけを指すのではありません。キャラクタの喋り方や画面の消し方、漢字の使い方に至るまで、すべてが「演出」です。物語の演出は、その物語が紡ぎだす「世界」の演出でもあるのです。
 例えば細かいことですが、タイトル画面で、一度クリアするたびにメニューが増えるとか、タイトル画面が変わるとか、そういうのなら今までよくありました。ところがこの作品はそれにとどまりません。驚いて欲しいのであまり細かいことには言及しませんが、往年のファミコンソフト「迷宮組曲」を思わせる見事な演出が為されています。これだけでも、この作品がひとつの完成体になっていく様子を見て取ることができます。
 大正時代を舞台に繰り広げられるドラマから語られるメッセージは、今までの物語からすれば、おそらく語り尽くされてきたテーマでしょう。しかしそこに、どこか寂しげな秋愁を巧みに作り上げ、重ね合わせることで、見事な世界観を作り上げています。舞台が神社であるということもあるかもしれません。どこまでも続いていくような秋の世界の寂しさに吸い込まれていくような、不思議な感覚すら覚えます。
 確かに、そこで語られる世界は、大正時代という時代背景と重ね合わせると、結構なボロが出てくるのですよ。正直、ここはかなり突っ込まれるスキになると思います。たとえば神道の時代背景と重ね合わせてみても、この神社は明らかに明治以降の神社神道の景色です。ただ、わたしは、それはそれでいいと思うのです。物語という世界を楽しむ上で、それがいかに実際の時代背景とズレがあっても、それが決定的に世界を揺るがすものでなければいい。そうでないと、物語を楽しむことなんかできません。物語の中に真実を見出すのももちろんありですが、それで物語の本質が楽しめないというのは、実に残念なことだとわたしは思います。
 システムも過不足ありません。セーブポイントも多く、会話システムもわかりやすく特徴的で、画面切り替えもストレスを感じない速さで、かつ綺麗です。読みとばしも高速で、フォントの変更も可。ホイールマウスでシナリオの読み直しもできます。アドベンチャーゲームにこれ以上のシステムを求めても無意味なんじゃないかと思えるくらいの高機能です。しかも見た感じでは致命的なバグはありません。文句無しです。

 これは、「世界」を楽しむ作品です。決してわかりにくくないシナリオでありながら、物語を「読む」ことができ、かつ、それが苦痛になりません。そういう意味では、自分=主人公の恋愛シミュレーションとは少し事情が違います。この主人公はあくまでも「悠士郎」であり、わたしではありません。名前の変更ができないのが、その一番の証でしょう。それだけ主人公が立っていて、悠士郎のかわりはいないのです。だから云い変えれば、柚鈴がいくら可愛くても、柚鈴はけっして「わたしのもの」にはなりません。悠士郎だけのものです。その笑顔は悠士郎に向けられるもので、決してこちらには向きません。でも、それでしあわせなのです、この作品は。「ゲーム」というよりも、これは純粋に物語を楽しむ「ノベル」でありましょう。
 もうとにかく、卓越した言葉のセンスと演出が作り上げた名作です。


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