水月(F&C)

項目シナリオシステム音楽総合
ポイント4+
シナリオ:トノイケダイスケ
原画:☆画野朗
音声:無
主題歌:無

-面白いは面白い。それは間違いなし、なのだけど……-

<シナリオ>
 事故で記憶喪失になってしまった主人公。過去の記憶への手がかりは、財布の中に入っていた一枚の写真と謎の夢だけ。再び病院で目を覚ましたその日から、彼のもう一つの生活が始まる……とまあ、導入はこんな感じになりますでしょうか。
 記憶喪失と夢という、まあある意味物語の世界では使い古されて手垢のついたテーマではありますので、導入部分は実際のところ結構冗長だったりするのですが、物語が少し核心に入ってくるとこれが一気に面白くなってきます。
 これは、その記憶喪失と夢というのをエピソードの素材として利用しているのではなくて、それ自体をテーマに据えているのが物語の進行とともに見えてくるからなのでしょう。とにかくもっと先が知りたい、先を読みたいと思わせてくれるパワーがあります。
 文章自体も、まあそれが故に多少難解な部分も出てきますが、基本的にはテンポのよい読みやすい文章だと思いますので、とにかく頭の部分の冗長ささえクリアしてしまえば不思議なくらいのめりこめる一作です。
 なので、話自体は結構長いんですが、あまり長さを感じません。
 この作品が巧いなあと思うのは、先にも述べたような普遍的な情報を土台にした部分が要所要所に出てくることです。柳田民俗学やコペンハーゲン解釈ですね。
 もちろんこんなものを知らなくても作品やストーリーを楽しむことはできますが、ここで大切なのは、これによって物語の世界が一抹の真実味を帯びてくる、ということです。その物語の中だけで使い捨てられる情報にはやはりどうしても軋みが生じてしまいがちですが、既にあるものを土台にすれば、少なくとも土台は「確実にある」という事実に支えられた普遍性が生まれてくるわけです。
 たとえば戦国時代を舞台にした歴史小説を書こうとしたとき、架空の武将だけをいくら並べても真実味は出てきません。
 それは、その武将たちがあくまでもその物語のためだけに都合よく作られた存在に他ならないからです。
 ところが、その中に例えば「織田信長」という実在の人物の名前を一人入れれば、それによってその世界観は一気に真実味を帯びてきます。読者が織田信長という人物をまったく知らなかったとしても、その小説のために「作られた」武将たちとは違い、織田信長という人物は実際にその小説の有無とは関係なく存在していたからです。
 これは架空戦記モノなんてのが好きな人にとっては実感として感じていただけるかもしれません。
 この「水月」という作品は、それを非常に巧く利用しています。例えば、クリアした人にしかわからない話で恐縮ですが、ナナミ様と岩戸の話はまさに黄泉国にイザナミを迎えに行ったイザナギの話を明らかにベースにしていますし、「見ていないものは確率的に存在するかどうかはわからず、人が見て初めてその事象は確定する」などというエピソードなどは、量子論のようないわゆるコペンハーゲン解釈がベースになっているのだと思います。
 これらはもちろん知っていればああ、あれかという納得の上で話を読むことができますし、知らなくても、確実に存在した民話や理論を下地にしていることから来る論理性は伝わりますから、物語をより深みのある存在へと変えるのに大きな役割を果たしています。
 無論、これが暴走してもただの教科書になってしまって物語性が崩壊してしまいますから、これがひとえに文章の技術力に支えられていることは云うまでもありません。
 また、キャラクターの立て方や台詞回しも非常に魅力的です。言葉の一つ一つ、仕草の一つ一つでキャラクターの魅力が伝わってくるという感覚でしょうか。
 雪やマリアあたりの「可愛い」を強調するキャラクターの描写は勿論のことですが、それと同列に、和泉のような「本音の部分」を表に同時に出してしまい、それをまたキャラクターの、ひいては物語世界の魅力へと転換していくというのはやはり凄いことでしょう。とりあえずキャラクターの魅力だけでもこの作品は十分に楽しめると思います。
 あと、触れておかなければならないのはエッチシーンでしょうか。これはもうなんというかほんとにエッチ。いや。へんな云い方ですが、この手の作品にしては珍しいくらい描写が執拗でエッチです。
 わたし自身、あまりエッチシーンとかはそれほどじっくり読むタイプではなかったんですが、この作品に関してはなんだか思わずどきどきしながら読んでしまいました。
 ただ女の子が喘いでいるだけでも、ただ淡々と描写が続くだけでもなく、もうとにかく官能的というか。スタッフが好きなのかどうか知りませんが放尿シーンが多く含まれてはいるものの、基本的に生々しさのない可愛いエッチなのもまた個人的にはいいなあというところですね。しかしいくらなんでも鈴蘭はまずかないか透矢君。
 さて、唐突ですが、ここからちょっとネタバレ的な話をします。ネタバレはいやーんという人は、ここから下は読み飛ばしてください。
 どうもこの作品、わたしは今ひとつ読後感に不満が残りました。いえ、物語概要自体は上にも書いたように多少難解なところはありますが基本的には素直な話ですので、話がさっぱりわからん、というようなあれはありません。
 わたしは那波シナリオを意識的に一番最後に残したので、最後まで物語が繋がらないところが無いわけではなかったのですが、それでもまあその那波シナリオなんかは、ややこしい世界観を解りやすく纏めた点で非常に巧いですし、過去や未来を巧く絡めた物語展開には美しささえ感じます。
 なのですが、どうしても狐につままれたような思いが残ります。
 というのも、なんだかどうもあまりに未解決のままの事象が多くないか、という点が気になったのです。
 先にも述べたように、物語レベルでは基本的にはほぼすべての謎は解決していますので、そちらは問題ありません。なのですが、その前のエピソードレベルでの話がどうもいろいろと放置されたままになっているような気がしてならないのです。
 例えば大きなところでは、主人公が記憶喪失時に持っていた写真。これはまあ非常に重要な意味を持つ場所の写真であったわけですが、これをいつ誰がどこでどうやって撮ったのかは最後までわかりません。
 また、祭りの折に花梨は舞を失敗し、あれは那波の父親が那波にやらせたことだというようなことが掴めるわけですが、まず那波シナリオで明らかになる父親の目的と舞の成否がどう結びつくのかは説明されませんし、那波がどのようにして花梨に舞を失敗させたのかも説明されません。
 さらに、雪のシナリオで、「いざというときは机の引出しの中を見ろ、机の鍵は―」というところで夢が覚めるという思わせぶりな話を降っておきながらこれから先に記憶の限りでは机の引出しの話は一切出てきません。和泉が去り際に出した手紙の追伸、「和泉の父親と那波の父親に気をつけろ、最近二人の会話に主人公の名前である「瀬能」という名前がよく出てきている」という部分も結局、どういうことを瀬能絡みで彼らが企んでいたのかは説明されません。というか、そもそも和泉の父親の存在自体が思わせぶりだった割にはなんだかほとんど物語と無関係だったわけですが。
 アリス・マリアのシナリオで、那波の父親が廃校裏の防空壕で見せた怪しげな行動の意味も説明されませんし、「廃校の割に黒板には最近の日付もある」などと思わせぶりな前フリを振っておきながら、これに関してはこの後一切触れられません。<br> 他にも「夢の終わり」と「ナナミを射殺す」ことがなぜイコールなのかとか、主人公の父親が昔に見た「少女」はなんだったのかとか、こういう「広げたままの謎」がちょっと多すぎるのではないかなあと思うのです。肝になる主人公の記憶喪失にしても、物語的な演出なのかもしれませんが、記憶なんか最後まで戻らないし……。
 まあ、話が話なので、こういうことはすべて夢なので関係ないのだ、という終わりなのかなあとも思ったのですが、那波の台詞にあった「夢はかなえられなかったもう一つの現実、可能性である」というのは、ゲームのシナリオにも云えると思うのですね。
 例えば花梨のシナリオが進行しているときは、那波のシナリオは「もうひとつの可能性」であり、逆にそれに過ぎないわけですから、「このすべてが現実」であってはおかしいことになります。那波シナリオの場合は終わり方がああいう終わり方だったのでそれでもいいのですが、この、身も蓋もない云い方をすれば夢オチ的な終わり方であるという解釈はやはり腑に落ちません。
 こういう、なんだかどうにも納得できないポイントがあまりに多くて、CGまで全部埋めてみてもなんだかどうにも今ひとつ終わった気がしませんでした。
 いや、まあ、もちろん単純にわたしの読解力不足だったり読み落としがあったりしてることも十分考えられるのですが……これに関してはほんとに、プレイ済みの方の色々な意見をお聞きしたいところです。いや、ほんとに。

<CG>
 立ち絵・一枚絵ともに、透明感があって非常に綺麗。キャラクターのほとんどがどちらかというとロリっぽいので、そっちの系列が好きな人なら特に。どちらかというとなんとなく立ち絵のほうに印象が強いのですが、それは決して枚数が多くないながら非常にキャラクターたちの表情が豊かで空きさせないからだと思います。近寄ってくるシーンではちゃんと立ち絵もアップになったりとなかなか魅せてくれます。
 あとは背景ですね。舞台が結構めまぐるしく移るのでなかなか大変だとは思うのですが、これは非常に綺麗で云うことありません。とかく全体的に、絵に関しては手抜きが見られません。個人的には非常に好みです。

<システム>
 多少うちのへっぽこマシンでは重いかなあというくらいで、バグも無く機能も満載で文句なしです。まあ、逆に満載すぎてなんか本当に一部分しか使っていないような気もしますが、まあそれでもゲームを快適にやるという点においては非常に優れたシステムです。まあ、あまりシステム的に工夫の余地が無いビジュアルのベルで、演出面ではそれほど見るべきところがあるわけではないのですが、それでも文章を縦書き表示することができたり(句読点の位置などに無理が無いのもポイントです)、「前の選択肢まで戻る」ことができたり、マウスの右クリックを任意に割り当てられたりとまさに至れり尽せり。セーブポイントの数やスキップの早さなどの基本的事項を含めて不満はありません。

<音楽>
 キャラクターに音声がないのがちょっと残念ですが、音楽はなかなか。ちょっといわゆる「ゲームミュージック」と雰囲気が違い、アコースティックギターが非常に綺麗に使われています。特に個人的なお気に入りは、結構大切なシーンでかかる「思い出」という曲。どこか寂しげな曲ではありますが、それがゆえに絵の雰囲気ともマッチした透明感のある曲です。あとは同じような雰囲気の「優しさ」。子守唄のような綺麗なメロディがなんとも云えない美しさを演出してくれます。
 あとはSEですね。地味ですが、これもかなりコダワリをもって作られているのがわかります。

<総合>
 物語自体は非常に美しく、そこまでじゃなくてもキャラクターたちが本当に魅力的なので、それに触れるだけでもこのい作品は大きな価値があるような気がします。とにかく、シナリオも絵も音も、作品を構成するおよそすべてのものから、スタッフがこの作品を本当に好きでやっているという幹事が滲み出てくるような印象は受けました。あとはこれをどう受け止めるかはプレイヤー次第……と、まあ無責任なことを云ってしまうとこんな感じになると思います。
 ただ、やっぱりどうも気になるのは作品世界に残されたままの謎や仕掛けですね。これを意図的に残したのか、はたまた「残ってしまった」のかでその意味は大きく変わるとは思うのですが、どちらにしても個人的なことを云わせてもらえるなら、ちょっと(ストーリーではなく)作品に納得できていないというのは事実ではあります。まあ、なかなか難しくはあるというのは解っているつもりですが。
 そういう意味で「評価不能の面もある」のはやっぱりわたしとしては揺らぎがたくはありますが、それでも物語という視点で見れば十分に楽しめるものなのは間違いないでしょう。

2003/3/20

戻る