Clear(MOONSTONE)

項目シナリオシステム音楽総合
ポイント4+4−3+8+
シナリオ:呉
原画:Mitha
音声:有
主題歌:有(オープニング:『硝子のLoneliness』/エンディング:『Crystal Love』『Brilliant Days』/挿入歌:『エターナル』『One-way Shining』)

<シナリオ>
 「吸血種」である主人公、光一。それがゆえにおおよそ人間らしい喜怒哀楽もないまま生きていた彼だったが、春架島へやってきて出会った、それぞれに何かしらの重みを背負った少女たちと触れ合うことで変わっていく……。
 話自体はかなり重たい話です。重たいからこそかもしれませんが、シナリオのボリュームはかなりあるように感じます。実際にテキスト分量はかなり多く、共通パートをスキップしてもその長さを感じるくらいですから、その量は相当のものです。
 これが巧いのは、それぞれのキャラクタごとにある一定のテーマがあり、そのテーマの行き着く先にはちゃんと一つの結論にまとまっているところでしょう。
 いろいろなキャラクターのエンディングはそれぞれ個々に存在しているのですが、その結論は一貫したものに支えられており、きっちりした整合性に支えられている、とでも云うのでしょうか。一つ一つのエンディングがばらばらに存在しているのではなく、きちんと最後にまとめられた結論として存在しているので、読後感がきわめてよいものになっています。
 ストーリーの根幹になるので細かいことは触れませんが、物語全体にブレがないので、キャラクターごとに話を追っていくにあたってのストレスはありません。これがまず一つ、物語のポイントだと云えますでしょう。
 また、この作品において、ヒロイン以上に大切なのは主人公の行動原理です。
 この主人公、先にも書いたように、自分が「吸血種」であり、それがゆえにかなり後ろ向きな性格をしています。
 うじうじしている、というわけではなくて、ものすごくさばさばしているのですが、それが後ろ向きにさばけている、とでも云うのでしょうか。
 「感情」というものと遠いところにいる、という設定からということでもありますでしょうし、ネタバレになってしまうのであえてここでは触れませんが、そういう深いところにある理由もありますでしょう。
 で、この設定がすごく巧いのは、いわゆる恋愛ゲームにおける矛盾点になりがちな「じらし」の理論を、主人公キャラクタの設定ひとつで是としてしまうところなのです。
 「じらし」の理論というのは――基本的には今暫定的に使う言葉でしかないのですが――恋愛ゲームをはじめとした恋愛モノの物語にはありがちな「鈍感な主人公」を出し、キャラクタ同士の恋愛を進展させないための方法論です。
 よく、露骨に相手キャラクタが好意を寄せているにも関わらず、それに気づかない主人公、という設定で以って進行していく物語というのに出会うことがあります。
 アダルトゲームの世界では、それはある種、この世界に酸素があるのと同じくらいに「当然の常識」としてスルーされてしまうことなわけですが、普通に考えれば「いくらなんでもそんなに鈍感な奴はいないだろう」ということになってしまいます。
 ところが、これがすぐに相手の好意に気づいて何の悩みもなく告白しちゃいました、では物語の起伏がなくなってしまいます。
 そこでこの「じらし」の理論が使われます。
 意図的に主人公の感情を「じらす」ことで、プレイヤとヒロインキャラクタの間柄に擬似的な間をとる手法です。云うまでもなく、プレイヤはヒロインキャラクタの感情に気づいているわけですから、これはあくまでも「擬似的」なものに他なりません。
 つまり「じらし」の理論というのは、あくまでもプレイヤの「主人公は鈍感でもしょうがない」という「常識」を受け入れた上でのことなわけです。
 そこをこの物語は、あえて主人公について「感情そのものに対する鈍感さ」というキャラ付けをすることで、その本来であれば無茶だった「常識」を肯定できてしまうのです。
 同じ恋愛に対しての鈍感さを主人公に持たせた物語の中でも、この作品ではそれに対しての違和感をさほど感じないのは、おそらくそこに理由があるのだと思います。
 無論、方法論的に有利なだけでなく、この主人公は作品内で一貫した行動を取っていることもあり、物語にブレが生じていません。
 これは主人公のキャラ付けが非常に極端であることもあると思うのですが、それを際立たせることで、行動と主人公の心情がきちんとリンクしたものであるということがわかってきます。
 だから、この主人公に「イライラする」という人はいるでしょう。それは無理からぬことだと思います。
 しかしそれは、主人公の描き方にイライラしているのではなく、主人公の人となりに対しての苛つきなのだということが重要になってきます。あくまでも人間として一貫している行動を描いた上での主人公に対しての感情であって、それはそれだけ描かれ方としては優れている、ということなのですから。
 と、これだけ主人公について長く語るのは、この作品において主人公の光一が極めて重要なポジションにいるからに他なりません。
 もちろんどんな作品でも主人公は重要なのですが、この作品では特に、「吸血種である」「感情を持ち合わせていない」という、主人公がプレイヤと不可逆な関係にある存在ですから、その描かれ方は一人のメインキャラクタとして極めて重要な位置にあるのです。
 シナリオ的に印象的だったのはののかのシナリオでしょうか。他のどのキャラクタでも、ある程度「ひっくり返す」展開ではあるのですが、このののかのシナリオではそれがものすごく顕著に出ています。
 基本的にすべてのキャラクタに共通する展開としては「答えを予想させておいて外す」という手法なのですが、ののかシナリオの場合それがすごく露骨に描かれています。
 こうなるんだろうなあ、という無意識な予想を裏切られる気持ちよさとでも云いましょうか、そういった展開による物語の起伏がしっかり作られているので、冒頭に書いたようにボリュームはあるのですが、そのボリュームがさほど無駄になっていません。いろいろと起きる事件も無理やり起こされたような印象もなく、そのあたりも物語のテンポのよさに繋がっている理由でしょう。

<CG>
 基本的には巧いです。ただ、誰かに似ているような気もしますが、むしろその誰かに似ているような気がしないサブキャラクタのほうが絵的には魅力的だったりするあたりちょっと皮肉なものを感じます(尤も、サブキャラクタは別の人が担当している、ということもあるので一概には云えませんが)。なぜかサブキャラは総じて可愛らしく描かれていて悪くありません。
 メインキャラのほうは、特に気になったのが春乃の立ちグラフィック。春乃が他のキャラと並ぶと、明らかに頭が一回り大きく見えてしまいます。このへんは残念な感じですかね。あとはは全体的に、横顔になるとちょっと不安な感じになるのもあったりします。
 とはいえ、基本的にクオリティは高いのと、枚数も多めですので、そのあたりでの不満はあまりありません。

<システム>
 悪くないです。特にこれと云ったバグもなく、全体的に使い勝手は悪くありません。演出面も豊富ですし、見た感じの賑やかさもシステム面が後押ししている感があります。
 フラグ立ても難しいわけではないので、どうしてもクリアできない! というようなことにはならないでしょうし、ストレスは感じません。
 ただ一つだけ、たぶんシナリオをブロック単位で管理しているからなんだと思うのですが、ロードで戻ったときに、セーブしたところからちょっと戻されるのがちょっと気になりました。まあ、たいした手間ではないのでまた読み直せばいいんですが。

<音楽>
 とかく歌モノの数が多いです。どれも割と聴かせてくれる名曲なのですが、特に挿入歌は、『エターナル』とか曲が入ってくるタイミングが巧いのもあって聴きごたえがあります。
 初回限定版にはサントラが付いてくるのですが、これら歌モノがショートバージョンでしか入ってなかったり、あるいは挿入歌に至っては丸々入ってなかったりするのがちょっと哀しい感じですね。
 劇中曲も数が多く、特に面白いなあと思ったのが、朝のシーンでかかる『Blue Morning』。朝のテーマというと普通は爽やかな曲調になるものですが、この曲はそのタイトル通り、どこか気だるさというか、そういう演出が入っていて、これがまた主人公の性格付けとマッチしていて巧いですね。
 声も全体的にいい感じです。最初に聴いたときにはちょっと違和感あったんですが、聴いてるうちにだんだんこれじゃないと! と思えてくるような感じ。特に春乃あたりにそれが顕著です。
 なんと云うかこれは、ただ単に「慣れてくる」というのではなく、キャラクタ性が掴みにくいキャラクタを理解したところで声とイメージが一致する、という感じに近いのではないかと思います。
 中でもすごく巧く演出されていたのが無月とサブキャラの緋雨。喋り方とかひとつとってもものすごくそのキャラクタが生かされていて、声をつけるということの意味の大きさを思い知った感じですね。

<総合>
 この作品、レビューというものにあるまじき投げ方だというのは承知の上での話ですが、結構人を選ぶというか、好きな人はとことん好きだけど、苦手な人はとことん苦手という、そういう作品なんじゃないかなと思います。
 と云ってしまうと身も蓋もないんですが、上のシナリオの項目にも書いたように、主人公に強いクセがあるので、こればかりはもうどうにもなりません。
 ただ、そういうのをとりあえず抜きにして話を追っていくと、これは非常によく出来た物語だと云ってもよいのではないでしょうか。
 とりわけエンディング近辺での話がきっちり収束していく美しさや、なおかつそこにある光景描写ひとつひとつの丁寧さなど、ひとつの物語として非常に完成されたものです。
 さらにこのシナリオライターさんの書くシナリオは、文章自体に結構特徴があります。それはキャラクタの台詞回しであったり、地の文章の書き方だったりするわけですが、この人の書いた文章ならば読んですぐにわかるんじゃないかというくらい、結構強力な特徴です。
 具体的になにがどう、というのは説明しづらいのですが、主人公がモノローグ調に、普段の会話では使わないような小難しい単語で喋るあたりや、あるいは無月の喋り方などにその特徴が強く出てきます。特に前者は主人公キャラクタの演出であることもあり、特に顕著になっています。
 またまたレビューらしからぬ投げ方をしてしまえば、これもまた「好き嫌い」の問題になってきてしまうわけで、おそらくこの特徴的な文章まわしがものすごくわたしは好きなんですね。
 なんというか、読んでいてすごく楽しくなるし、無月というキャラクタもものすごく魅力的に感じられるのです。
 ただし、返す返すもこれは「好き嫌い」以上のなにものでもありませんから、「こういう書き方はどうも嫌い」だという人がいても、それもまた仕方がないことだと思います。
 ここを読んでいる方ではもうご存知の方も多いでしょうが、このシナリオを担当された方は、かつて『水夏』のシナリオを担当された方でもあるわけでして、あの作品の文章まわしが好きな方にはものすごくしっくり来るのではないでしょうか。
 『水夏』のような、圧倒されるような描写の美しさは流石にありませんが、それでも感じられるあの雰囲気のよさやテンポのよさは、この『Clear』という作品に於いても変わらない魅力なのではないか、と思うのです。

2008/03/07

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