バイナリィ・ポット(オーガスト)

項目シナリオシステム音楽総合
ポイント4+3+
シナリオ:榊原拓
原画:べっかんこう
音声:有
主題歌:有(オープニング:『First Avenue』/エンディング:『スマイル逆噴射』)

<シナリオ>
 制服の可愛いネットカフェを舞台にした恋愛アドベンチャーゲームです。なんて云ってしまうと、世の中にあまたある「Piaキャロット」の亜流なのかしらと思ってしまいますし、実際わたしもやる前まではそういう先入観がかなり強くありました。
 ただこの作品、舞台を「ネットカフェ」にすることで、他のPiaキャロ亜流作品との差別化を図っています。
 通常、こういう作品だとどうしても舞台はそのファミレス(喫茶店)で起こるものが中心になってきてしまいますが、この作品は、ネット上に存在する仮想の擬似世界「ワールド」が並行して舞台に据えられているのです。
 これはやってない人にはちょっと解りにくい話だと思うのであえてマニュアル的な解説をしてしまいますが、まず主人公たちがいる現実世界というのがありまして、こちらでは主人公は「バイナリィポット」という喫茶店を経営しています。登場する女の子たちは一人がそこの客、残り全員はそこのウェイトレスです。
 で、「ワールド」というのは、まあPSOとかラグナロクとかそういうネットゲームをさらに進化させたものだと思ってください。具体的には、コンピュータ上で描かれる仮想の世界でして、ヘッドセットを使って接続することでユーザの意識中枢を直接刺激し、あたかもその世界を体験できるというものです。ヴァーチャル・リアリティですね。
 まあわからなければわからなくてもいいんですが、とにかくそういうパソコンネットワーク上で描かれる仮想の世界だと思ってください。
 そこではプレイヤーはまったく別の人格を演じることができます。オールドユーザーならおなじみの「ハビタット」を想像していただければわかりやすいかもしれません。平たく云えば、ヴァーチャル・リアリティと「ハビタット」をあわせたものです。ここで主人公は、この世界での悪人を捕まえて報酬を得る「ハンター」という仕事をしています(誤解の無いように云っておきますと、この「ワールド」は別にドラクエのような剣と魔法の世界ではありません。現代日本が舞台です)。
 なんでこんなマニュアルのようなことをごちゃごちゃ云うのかというと、これがかなりこの作品の世界観においては重要な役割を果たしているからに他なりません。逆に云えばこの「ワールド」に触れずにこの作品を語るのは不可能だとわたしは思います。
 この作品の大きな特徴は、この「ワールド」という世界に対する作りこみの細かさにあります。たとえばこの「ワールド」は脳に極端な負担を強いるため長時間の利用は大変な疲労を伴いますし、現実世界での排泄や食事などの都合で、3時間で強制的にログアウトさせられるようになっているという設定があります。
 現実的に考えれば確かにその通りなんですが、別にここまで決める必要はあまりないわけです。このディテールに関しては、「ワールド」という世界をよりリアルなものにするためだけに存在している設定なわけですね。
 こういう細かいディテールの積み重ねにより、確かに現実世界では非現実的なこの「ワールド」が、あたかも実際に存在するかのような感覚を覚えるのです。このリアリティなくして、「バイナリィ・ポット」という作品は決して完成しません。
 そしてもうひとつ、特筆すべきはシナリオです。別にガンガン涙を流して感動するとか、思わず唸ってしまうくらいかっこいい戦闘シーンがあるとか、そういう類のことはありません。だからと云って、ただ惚れた腫れただけの話でもありません。話そのものよりも、この世界観をあまりに巧みに利用していることと、それによる伏線の張り方があまりにも絶妙です。
 さっきから何度も云っているように、この作品は舞台が「現実世界」と「ワールド」の二つに分かれています。ということは当然、「現実世界の主人公」と、「ワールド内で、主人公が演じているの主人公」の二人に分かれます。なんだかややこしい云い方ですが、つまり、ゲーム内の主人公が「ワールド」に接続すれば、主人公は当然「ワールド」内でのプレイヤーになるということですね。だとすると、当然「ワールド」内に存在する主人公以外のキャラも、現実世界で誰かが演じているに過ぎません。その「誰が誰を演じているのか」がまずひとつの妙味です。これに関しては最後までやってみれば、まず間違いなく驚く結末が待っています。
 そして、この二つの世界を巧く使った伏線も多々用意されています。誰かのエンディングをクリアした後に見ればなるほどそういうことかと思える仕掛けや、後から考えればああそういうことだったのかと思える仕掛けが数々用意されているのです。あるキャラのエンディングを見たときには特に気にも留めなかったようなキャラクターの行動が、別のキャラのエンディングでその動機がはっきりしたりするのですね。このあたりはちょうど「水夏」の綺麗な纏まり方と非常によく似ています。同じキャラを繰り返しやる必要はありませんが、是非ともこれに関しては最後のトゥルーエンドまできっちりと見ていただきたいお話です。難解な言い回しがあるわけでも、物語が特別に難解なわけでもありませんので、全般からダレることのない綺麗な起伏バランスも手伝ってきっちりと楽しめる作品であることは間違いありません。
 なんとなく不満なところがあるとすれば、キャラクター一人一人がちょっと没個性になってしまっているところでしょうか。このキャラならではという要素がないので、なんとなく後々までの印象に残りづらいのですね。このへんがちょっと残念な気はします。

<CG>
 なんとなくどこかで見たことのあるようなタイプの絵ではありますが、セル塗りタイプの一枚絵は総じて綺麗でなおかつ丁寧。とにかく女の子たちがみんな可愛いのでこのへんはもう文句なしです。特に胸のあたりの質感(ってのはへんな云い方ですが)がすごくて、そのやわらかそうな感触が見てるだけで伝わってきそうな感じ。ファミレスものの宿命である制服も、デザインとしてはややゴチャゴチャしてはいるものの、きっちり描かれているせいで違和感はありません。もちろん現実に実現させるのはなかなか難しそうなデザインではありますが。
 立ち絵はそれぞれのキャラに固定で、台詞のウインドウの横にある小窓には女の子の表情が表示される仕組みです。この女の子たちの表情がまたくるくるとよく変わるので、それだけ見ててもなかなかに楽しかったりします。

<システム>
 会話の中に選択肢が出てきてそれを選び、移動シーンでは意中の女の子のいる場所を選択して移動するという本当にごく普通のエロゲーシステムです。スキップの早さも普通。既読未読の判別を選ばせてくれるのがちょっと便利なくらいでしょうか。選択肢も素直で迷うことはありませんし、狙った女の子の元にだけ集中して行っていればよほどのことがない限りはクリアできます。若干クリックに対する反応が遅い気はしますが、まあ気になるほどではありませんでした。

<音楽>
 速いテンポが特徴的な主題歌がなかなか名曲ですが、エンディングテーマや劇中の曲に関しては、実は申し訳ないですがあまり印象に残っていません。ただ声は非常に巧いです。とにかくイメージ通りに狙ったところに来る感じ。優紀や奈津子のような難しいキャラもうまく演じてくれています。よく見ると他の作品のスタッフロールで見たことのある声優さんの名前が多々入ってまして、なるほどなあと思ったりしたわけですが。普段の会話シーンもエッチシーンも、声に関しては見所満載。特に優希の、怒ったり笑ったりと変化する声の表情は特筆モノです。

<総合>
 正直なことを云うと、やる前はあまりシナリオには期待していなかったのです、この作品は。そういう意味では完璧にいい方に裏切られた感じですね。ちょっとだけネタバレっぽいことを云えば、一つ一つのキャラのエンディングも普通に楽しめるものなんですが、それを取りまとめるトゥルーエンドがありまして、この作品の真髄はここにあります。
 「シナリオ」の項目にも書いたとおり、決して涙を流して感動するような大作物語ではありません。物語自体が難解なわけでもなく、裏に裏にとごちゃごちゃ絡まった糸を解していくような複雑なシナリオ理解をする必要があるようなタイプではなく、そこに提供された状況をそのまま飲み込めば理解できる明快な物語です。
 この作品が優れているのは、その明快な物語を、きっちりとちゃんとした結末をつけて終わらせていることだと思います。いわゆる大作や名作と呼ばれるタイプの作品ではないにせよ、とにかく物語そのものが面白いという作品に仕上がっている「良作」でありましょう。どちらかと云うと、「物語派」の向きにオススメしたい一作です。


戻る