あると(Purple Software)

項目シナリオシステム音楽総合
ポイント4−3+3+6+
シナリオ:北川晴/守屋天/秋史恭
原画:岩崎考司
音声:フル
主題歌:有(オープニング:『L』/エンディング:『Destiny』)

<シナリオ>
 どこにでもいる普通の学生である主人公・成瀬将人が、両親の海外出張をきっかけに近くのファミレス「ヴィオーラ」でアルバイトをすることになる、という話。極端な話、ストーリーらしいストーリーはこれだけです。あとはこのアルバイト生活の中で、そこで出会う数多くの女の子たちと仲良くなることになる、という展開をしていきます。
 最初にすごく極端な結論付けをするのであれば、この作品のポイントは「日常からの景色の切り出し」であり、それ以上の要素はまったくありません。何か突飛な展開が起こるでもなく、ほんとに普通の「ちょっと甘いラブストーリー」でしかないのです。
 物語というのは時としてインフレをおこしがちになります。物語にはどうしてもその中に「事件」を起こさせる必要があるわけですが、その「事件」は、受け手の意表を突き、印象付けるためにより大きなものへ向かうことになります。それはひとつの物語の中でもそうですし、他の作品をまたいで行われることも多々あります。
 このインフレは、もちろん先に述べたように受け手の中にある表現の許容範囲を揺さぶるという意味合いにおいては非常に大きな意味を持つのですが、しかしその反面、受け手にとってはただ非現実性が強調されることに他なりません。
 これはある意味で当たり前のことで、例えば学園生活中に急に宇宙人が攻めてくればそれは受け手にとって驚きになりますが、しかし非現実性が強すぎて自分とのリンクを作りにくくなってしまいます。
 ただし、受け手との現実性の意味合いに於けるリンクを完全に断つことにより、これを逆手に取る手段もあります。「宇宙人が攻めてくる」ということをひとつの大前提としてそこに置き、それを強引に物語設定でリンクさせることで、物語そのものの演出に使うというこの方法は新劇をはじめとする演劇ではよく使われていますし、ゲームでは『CROSS†CHANNEL』あたりの作品が使っていた手段です。
 また、それとは別に、そういう常識の枠組みを超えた「事件」を、徐々に大きな事件を起こしていくことで一つ一つ現実とのリンクを作っていく、という手段もあります。
 例えば最初に「宇宙人が見つかった」という「事件」があり、「その宇宙人が地球を見つけたらしい」という事件があり、「実は宇宙人は獰猛だった」という事件があり……という、だんだん大きな「事件」を起こすことで、事件そのものの非現実性を隠すというシステムですね。たいていの物語はこれです。ハリウッド映画なんかが一番わかりやすいでしょう。
 と、ここで、そこで起きる事件というのは「どんどん大きくなる」というのがある種「常識」なのですが、そこは作り方によって「最初から最後まで、現実性の範疇内に置ける事件を起こし続ける」こともできるということに気がつくでしょう。
 この『あると』という作品がやっていることはまさにそれです。最初から最後まで、誰かが誰かを好きになった、という「現実性」の範囲の中だけで小さな事件が起きる、たったそれだけの物語なのです。
 これのどこが面白いのか、ということになるわけですが、つまりそういう日常を切り抜いた、平和な生活の追体験という意味合いにおいて、この作品はとにかく優れています。
 もちろん「ああ、俺もこんなことあったあった」という意味での共感ではありません。アダルトゲームのそれですから、あくまでも「物語のリアリティ」が想像の上で作られたものの追体験であるように、「こんなことありそうだなあ、あったらいいなあ」という想像に及ぶのが非常に容易なのです。
 変な云い方ですが、この作品の場合「何も起こらないのを楽しむ」感じになります。そして、それまでも数多くあったそういうコンセプトの作品の中では、この『あると』という作品の完成度はかなり高いです。
 それでもこのシナリオ自体のボリュームはかなりありますので、ここで飽きてしまう人も多いかもしれません。こればかりは「合うか合わないか」の二択になると思います。「事件」が多く起きる作品に慣れてしまうと、ちょっときついかもしれません。
 そしてさらに、どうしても印象に残りにくい作品になってしまうという危険性もまた孕みますが、これはもう仕方のないことなのでしょう。
 また、この作品、あるキャラクターのフラグを立てても、そのほかのキャラクターがちゃんと登場して活躍してくれるというのは良いです。
 よくあるのが、そのフラグ以降はそれ以前のキャラがまったく出てこなくなってしまったり、出てきてもほんとにただいるだけになってしまうという展開なのですが、この作品に関してはそれが一切ありません。ちゃんと「意味のあるキャラクター」として作品に登場してくれます。こういうところもまた世界感の破綻を招かないように成された工夫なのかもしれません。
 アダルトシーンは結構豊富で、クオリティもなかなかのもの。おそらくストーリーの中においてアダルトシーンの重要さのレートはさほど高くないのか、シーンによっては唐突に入ってくる感覚はどうしても否めませんが、全体的にはそういうところを求める向きにも満足できるのではないかと思います。

<CG>
 全体的にちょっと大人しい塗りの印象はあるものの、立ち絵・一枚絵ともに落ち着いた雰囲気があって非常に感じよく上品にまとまっている感じですね。云ってしまえば「アダルトゲーム的に標準の塗り」ですが、刺々しさがないので、シナリオのボリュームに耐えるだけのクオリティは維持されています。
 立ち絵の表情バリエーションも多く、一枚絵のCG枚数もかなり多いのでこのへんについても不満を感じることはおそらくないのではないかと思います。むしろ全部埋めようとすると大変なくらいかもしれません。
 ちなみに、中でも翔子は飛びぬけて表情バリエーションだけでも個性的で、見ていてなんだか楽しくなってくる感じがします。

<システム>
 これといった特徴もないかわりに、これといったバグもないシステム、という感じでしょうか。取り立てて特筆するような特徴もありませんが、アドベンチャーゲームのシステムとしては過不足なくいろいろできます。
 バックログは読み返せる範囲が短いのが難点ですが、データロード直後もそのデータをセーブしたところ以前のログが読み返せるのは非常に便利です。これがない作品って多いんですよね。
 ただ、演出面では結構こだわりを見せてくれていて、立ちキャラをうまく使っているおかげで作品に動きが出ているのは良いです。これだけでアドベンチャーゲームにありがちな、紙芝居をだらだら見せられているような感覚というのはだいぶ薄くなります(無い、とは云いません)。さらに、立ちキャラではありませんが観覧車でのシーン(というのがあるんです)での見せ方はかなりのもの。なるほど、こんな演出があるのかと目から鱗でした。

<音楽>
 とりあえず、オープニングの『L』が名曲です。云ってしまえば、最近のゲームにありがちな九十年代アイドルソング風の曲なんですが、これがメロディが気持ちいいんですよ。サビ部分のメロディは聴いててそれだけでちょっと楽しくなるようなそんな感じ。
 エンディングの『Destiny』もいい感じにしっとりしたメロディで聴かせてくれますし、劇中曲も『陽だまりの笑顔』とかも何気に名曲だったりすると思います。シナリオがそうであったように、こういうなんでもない日常を切り出したような感じというのが音楽にも出ている感じはしました。
 声も全体的に悪くないです。なんせ主人公を除いては、ガヤも含めて男性もフルボイスですので、それが物語が破綻させている感じはまったく受けません。

<総合>
 なんというか、すごく「普通のゲーム」ですね。おそらく、多くの人にとって、あらゆるゲームの中でこの作品が一番好きだ、というタイトルに挙げられる風にはなれない作品だとは思います。つまらないということではなくて、こればかりは作品そのものの特性によるものなので仕方がありません。日常の中を切り取ったタイプの作品では仕方のないことです。
 ただし、上にも述べたように、そういう日常の中で起きる事件を描くジャンルにおいては、この作品はかなりのものです。ちょうど同ブランドのデビュー作である『はっぴ〜ぶりーでぃんぐ』も同じようなタイプの、それでいて実に素晴らしい作品でしたし、このあたりの作風というのは得意とするところなのでしょう。
 こういう「普通の日常を描いた作品」が楽しめる方であれば間違いなくオススメです。が、逆に云えば、物語にある種の刺激を求める向きにはちょっときついかも知れません。

2006/07/10

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