430セドリック/グロリアとは?

 日産自動車が1979年に発売した、セドリックとしては5代目、グロリアとしては6代目のモデルになります。ひとつ前のモデルである330型が非常にアクの強いデザインで好き嫌いが分かれたのに対して、直線基調のデザインで当時は人気を博しました。

 当時のクルマ環境を紐解いてみると、オイルショックに端を発する昭和51年の環境規制によってエンジンはとりあえずの各種環境規制対策に追われ、どのメーカーも軒並み元気のないエンジンになってしまいました。特にスポーツカーや車重のある高級車には非常に痛手だったようです。
 当時は2000cc未満の小型乗用車、つまり5ナンバー車とそれ以上の3ナンバー車ではまったく税金が違っていたので、排気量を上げればいいという方法もとれなかったわけですが、もちろん各メーカーも手をこまねいていたわけではなく、規制をクリアしながら必要なパワーを出すための方法を探っていた時代でした。
 当時の日産主力エンジンであったL型エンジンもまた例外ではなく、燃料噴射の方法がキャブレターからインジェクションに変更されたり、排気ガスをエンジンに戻して再燃焼させたりする環境対策エンジン「NAPS」を採用しはじめていた時代。
 そんな中でセドリック/グロリアもモデルチェンジし、430型は誕生しました。
 贅沢な人向けのパーソナル高級車としての4ドアハードトップのほか、『西部警察』で団長たちが乗っていたのが、当時新車で売っていたこの430のセダンでしたね。それの思い出が強い人も多いかもしれません。

430セドリック/グロリア 搭載エンジン

 430型最大のトピックは、日本では初となる市販ターボ車がラインナップされたことでしょう。
 さきほどのNAPS対策がなされたL20Eエンジンにシングルターボを組み合わせたL20ETエンジンは、2800ccのL28Eエンジンと同じ145馬力を発生します。
 「ターボ」といえば、ここ数年でこそ小排気量にターボを組み合わせたエコターボの思想がありますが、一昔前まではとにかく出力を引き出すための手段として使われていました。
 日産自動車は、この国産市販車発のターボエンジンであるL20ETエンジンをまず430セドリック/グロリアに搭載したわけです。

 先にも書いたように、当時は環境対策としてエンジン出力が下がり、スポーツカーはもはや絶望的なほどに牙を抜かれていた時代。スポーツカーも例外ではなく、DOHCでパワーを得ていたトヨタのセリカの広告コピーでは「名ばかりのGT」と暗に揶揄されてしまったスカイラインの立場を鑑みるに、ターボエンジンは本来スカイラインやフェアレディZに積みたかったと思いますが、そこは当時の暴走族全盛の交通行政事情。「ターボなんていうものをスポーツカーに搭載したら暴走行為を助長する」という声が起こるであることを恐れてか、「いやいや、ターボは同じ排気量で出力を上げることで燃費をよくするものなんですよ」というのをとりあえず示すため、まず高級車である430セドリック/グロリアに搭載した……とのことです。名目上とりあえず、ってことですね。実際その後にスカイラインやフェアレディZにも同じL20ETエンジンが積まれているわけですから。
 ま、今ダウンサイズターボが燃費向上の手段として使われている通り、もしかしたら本当に燃費向上を狙って搭載したのかもしれないわけで、そういう意味では先見性があったのかもしれません。
 このL20ETエンジンはローレルやレパードなどにも搭載され、セドリック/グロリアはこの後のモデルでV型6気筒のVGエンジンに置き換えられたものの、スカイラインではジャパンの後期型に搭載されたのち、次世代のHR30スカイライン(FJ20のRS、つまりDR30の陰にすっかり隠れてしまっていますが)まで搭載されていました。

 日産L型エンジンというのは、1970年代から4気筒から6気筒、1300ccから2800ccまで幅広く、かつ非常に長い間使われていたエンジンです。メジャーどころではS30フェアレディZ、ハコスカやケンメリなどの歴代スカイラインにも搭載されていたもので、メルセデスベンツのものを参考にしたOHCのターンフロー型になります。
 基本的にスポーツエンジンではなく実用寄りのエンジンなので、とびぬけた馬力があるわけでもなく、高回転までビュンビュン回るというエンジンでもないのですが、排気量を越えた部品の互換性が高いので排気量が違う別のエンジン部品を使ったチューニングがしやすく、かつOHCでターンフローという簡素なつくりでさらに頑丈であることから、いまでもチューニングベースとしては非常に人気が高いエンジンです。
 日産車はもともとそうでなくてもエンジンをはじめとした機器の互換性が高く、このL型エンジン搭載車にもその後のSR型やRB型のパーツが使えたりもするのですが、このL型自体も非常に長い間使われていて、かつスカイラインやフェアレディZなどの人気車種に搭載されており、レストアやチューニングが盛んなエンジンということで、互換パーツや中古パーツ、ひいてはいまだに新品パーツも出ており、エンジン単体で考えたら旧車の中では維持が比較的楽なエンジンであると云えるでしょう。

 430型は当時の流行であった4ドアハードトップ、ちょっとフォーマルなイメージの4ドアセダン、そしてワゴンとバンというラインナップで、エンジンは発売当初はインジェクション2000ccのL20E、キャブのL20、2800ccのL28E、タクシー用のLPGエンジンのほか、のちに先に書いたターボのL20ETとLD28/SD28というディーゼルエンジンのモデルが登場しました。
 以下、簡単にモデルの変遷をまとめてみます。あくまでも私感であり、正式な名称ではないということと、たぶんモデルによって細かく違うという前提でお読みください。とワゴン/バンはモデルサイクルが違ってそうなので参考にならないと思います。あとすみません、LPGとディーゼルもわからん。

<前期型>
 昭和54年、330型からモデルチェンジ。L28E、L20、L20Eで登場。燃料噴射システムはL28E、L20Eはインジェクション(EGI)で登場、低グレードのL20はキャブレター。L28Eのみコンピュータで燃料噴射量等を集中管理するシステム「ECCS(エックス)」を搭載するが、2リッターのL20Eは通常のEGIのみ。オートマチックは全車3速。

<中期型>
 昭和55年、ターボエンジンのL20ETが登場(EGIで非ECCS)。L20E車がECCS化される。外装は大きな変更なし。若干車内のシステムが変更になっている。

<後期型>
 フロントマスクとテール回りのデザインが変更になる。バンパーがボディ同色のウレタンバンパーになり、テールはガーニッシュ部分が高くなって、キーシリンダ部分までウッドパネルに覆われているのが特徴。L20ETもECCS化される。オートマチックが4速に変更。メーター周りのデザインも変更されている。

 つまり、ガソリンエンジンに限って云えば、この430に搭載されているエンジンは、すべて6気筒のL型で、

L20(キャブレター)
L20E(EGI)
L20E(ECCS)
L20ET(EGI)
L20ET(ECCS)
L28E(ECCS)

 の6種類あるわけですね。
 よくスカイラインなんかのチューニング車として登場するL28のキャブ車というのは、430には標準では搭載されませんし、L28エンジンのモデルは標準では全時期通してATのみの設定になります。
 基本的にはL型エンジンなので互換性は非常に高いのですが、ヘッドガスケットひとつとってみてもハコスカなどのキャブモデルとEGIモデルでは違うとか、細かいところで違いがあったりするので、L型のパーツがどれにでもそのまま付く、というわけではないみたいです。

 ……と、最初の話といきなり矛盾したことを云うようなのですが、この「細かいところで違いがある」というのが意外とクセモノです。
 あまり数は多くないと思いますが、キャブレターのモデルでも、この時代のものはNAPSという罠(?)があるため、ハコスカやケンメリ(の後期じゃないやつ)とまるまる同じ、というわけにはいきません。NAPS化されていることでさまざまな補機がつき、このあたりが互換性を妨げます。
 ましてやEGI化されたものになるとさらにそうですし、ECCS化されたものとなるともうブラックボックスです。
 エンジンそのものは変わらないので、シリンダーやクランク、ピストンなんかはそのまま使えると思うんですけどね。壊れるのはむしろ補機類のほうだったりするので困るんですよ。
 そうならないようこまめに部品は確保しておいたほうがいいかと思います。
 とはいえ、根本的なところでハコスカなどのL型エンジン用部品がそのまま使えるのは、やはり修理の面では非常に大きいと思います。

L20ETエンジン

 最初に書いた通り、このL20E型エンジンにギャレット製ターボをつけたL20ETエンジンというのは、国産市販車としては日本初のターボエンジンです。
 最大過給圧は0.4。いまどきのターボエンジンとしては「たったそれだけ」ですが、2000×1.4で2800cc相当の馬力を出しているわけで、実際L20Eエンジンの130馬力に対し、L20ETは2800ccのL28Eと同じ145馬力です。
 実際の乗り味はというと、普通に走るぶんにはおとなしいのに、アクセルを踏んでいってタービンが回りはじめる2000回転を越えた瞬間、後ろから蹴っ飛ばされるようにドンとパワーが出てすごく速度が乗る……なんてことはまったくなく、おっとりと回り続けてターボが効きだしても「まあ、こんなもんかな」って感じです。
 わたしは標準のL20Eエンジンのクルマに乗ったことがないので比較ができないんですが、すっごいパワーがある!という感じはまったくありません。決してかったるくもないんですが、車両重量がそこそこあるんでしょうね。
 そのかわり、ターボが効いている間は「ヒューン」というタービンの音がよく聞こえて、気分だけは盛り上げてくれます。
 あと、ターボを効かせて走っていると、燃料がみるみる間に減っていくのも特徴。どこが省燃費だ!と当時の日産につっこんでやりたくなる気持ちでいっぱいですが、ノンターボではさらに加速するためにはアクセルを踏み続けなければいけないわけで、まあそれに比べたら燃費とパワーを共存させたといえなくもありません。
 この430の他には、C31ローレル、C210スカイライン、HR30スカイライン、S130フェアレディZ、F30レパードに使われています。C210スカイラインとS130フェアレディZに使われているのが唯一の救いで、これのおかげで部品取りエンジンは結構出てきます。
 しかし要注意。C110スカイラインジャパンのタービンは430のタービンとは互換性がありません。どれも同じだと思うと微妙に差があるようです。

4ドアハードトップ

 ハードトップというのは、もともとオープンカーのホロ(ソフトトップ)に対し、固定した屋根(ハードトップ)をとりつけたものの総称なわけですが、当時はこのハードトップというスタイルがスタイリッシュであるということで大流行。2ドアはもちろんのこと、4ドアにも各メーカーがハードトップモデルをラインナップしていました。ケンメリスカイラインあたりがぱっと思い浮かびますが、時代背景を見ると、これは当時のアメ車の影響だったのでしょう。
 徳大寺有恒氏による最初の『間違いだらけのクルマ選び』の最初の巻は330セドリックが現役のころに出ているのですが、このころにはすでにハードトップブームが始まっていて、徳大寺氏はこれに対して「視界も狭くなり居住性も悪いハードトップなんてカッコだけ。けしからん」と苦言を呈しております。それくらい流行ってたんですね。
 2ドアはともかく、4ドアのハードトップというのは、セダンに対してセンターピラーを細くしてルーフ高を下げてスタイリッシュに見せるというものだったようで、このブームが去ってもしばらくはクラウンとセドリック/グロリアはセダンは法人用、ハードトップは個人用とラインナップを分けて併売していましたし(170系以降のクラウンは個人用もセダンになりました)、ムーブメントが落ち着いてからトヨタが出したカリーナEDの爆発的なヒットによってふたたび4ドアハードトップブームが再燃したり、そのブーム落ち着いた後にもメルセデスのCLSやVWのパサートCCあたりが出たりするわけで、4ドアでもハードトップがスタイリッシュでかっこいい、というのは世代を超えて共通でカッコいいものとして感じるスタイルなんでしょうね。
 430が発売された当時、各メーカーはこの4ドアハードトップモデルを発売していましたが、日産の自慢はBピラーが完全にない「ピラーレス4ドアハードトップ」でした。
 最初に書いた通り、オープンカーの屋根が本義であるハードトップというものにBピラーがあること自体がおかしいワケですが、ボディの強度等を考えると、最大のライバルであるクラウンでさえ4ドアハードトップには目立たないように加工されたBピラーがありました。
 それが日産の場合、セドリック/グロリアでは230以降Y31に至るまで完全ピラーレス。4枚のガラスを完全に下ろすと、あたかもオープンカーのような開放感が得られるという代物だったのです。
 当時はシートベルトも着用義務がなかったので、シートベルトをはずして隠すこともでき、そうするとスタイルとしてもほぼオープンカーのようなスタイルになりました。このスタイルに当時の人々は憧れたわけです。
 ただし、ボディ剛性はやはりガタ落ちで、新車から30年以上が経った今、既にドアロックが閉まりづらくなっていたり、場所によってはトランクの開きが固くなったりといいことばかりでもありません。

 なお、新車時は個人ユーザーには圧倒的に4ドアHTが人気だったとのことですが、現在では『西部警察』などの影響により、フォーマルなセダンのほうが人気があるとのことでした。ムーブメントも時代によって移り変わるものですね。

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